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Mermaid
【ファンタジー 恋愛小説】

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Mermaid 〜天駆ける馬〜-4

「あ!そうだ!」
途端、ドルチェがソファーから飛び起きた。
「おい、今何時だ!?」
「え、えーっと・・・六時過ぎ、ですけど・・・。」
彼女らしからぬ様子に少々たじろいで答えると、ドルチェはほっと息をつき、安堵して言った。
「今日はな、『りゅーせーぐん』の日なんだ。知ってたか?」
ベランダに向かう彼女に、天馬は眼鏡の奥の目を丸くする。
「流星群?え、丁度今日その話を大学で・・・どうしてドルチェは知ってたんですか?」
「天気予報でやってたんだ。」
ドルチェはカラカラ、と扉を開けると、ベランダの柵に寄りかかった。微かに潮の香りを含んだ蒼い風が、白いカーテンと彼女の黒髪をなびかせていく。
「・・・大分暗くなってきたな。」
「でもドルチェ、流星群は真夜中じゃなきゃ滅多に見られませんよ?この時間帯は地平線すれすれのところで・・・」
「でも、お前の星座は見られるんだろう?」
「・・・え?」
天馬はサンダルを履こうとした足を止めた。ドルチェは振り返りもせずに続ける。
「お前は、もう少ししたらお前の星座が見られると言った。・・・早くしないと、また見られなくなる・・・。」
そこまで聞いて、彼はようやくああ、と納得した。
――ペガサス座が見たいなら最初からそう言えばいいのに。
口元に隠しきれない笑みを湛えつつ、彼は彼女の隣に立った。
遠くから聞こえる波音が、辺りを一層静かにさせ、その場を一層二人きりにさせる。
水面を撫でていた海からの風が、二人の足元をすり抜けていった。
「今夜は、月が出てるんですね。」
星の集まりを探していた天馬が、空を見上げて言う。
「・・・ここからの月は・・・ぼやけてないんだな。」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。」
「ふうん」
再び夜空に目を向けた彼を横目に、ドルチェは少し膨らんだ半月に再び目をやった。彼女が『月』というものの実体を見たのは、これが始めてだった。
人魚の世界でいう『月』は、あくまで水面に映ったものでしかなく、それは落とされた一滴の絵の具のように脆く、やがて溶けて消えてしまう儚いものの象徴であったからだ。目の前の青年は、そのことを知っているのだろうか。水によって隔てられた世界の違いと、その違いによって胸に生まれる、この捉えどころのない不安を。
「あった!あれです、ドルチェ!」
「え、あっ!?」
天馬の右手が、ドルチェの左手を掴んだ。そしてそのまま虚空に上げられる。
動転した彼女の視界が落ち着いた時、握られたその手は少しいびつな四辺形をつくる星を指していた。
「・・・・これが、羽の生えた馬とやらなのか?」
「ええ。・・・まあ、もうちょっと田舎のほうに行けばちゃんと首や足の位置まではっきりするんですけどねぇ。そうは言ってもここもだいぶ空気が汚れちゃってるから。」
――確かにこの四角だけじゃ、馬かどうかなんて分かんないですよね。
しかし視界に収まりきらないほどの四辺形からは、どこか落ち着きが感じられて。
そう言って笑う天馬に、ドルチェは分かる、と胸の内で呟いた。
「・・・ドルチェは、ペガサスの神話は知っていますか?」
首を横に振ると同時に、いつの間にか手がほどかれていたことに気づく。
思わず彼を見ると、その目は夜空に向けられたままだった。
「ペガサスはね、ペルセウスという勇敢な男が、怪物メドゥーサを倒した時にその胴体から現れた、羽を持つ白馬なんです。」
腕をベランダの柵に乗せ、ドルチェはその微かに染まった頬を夜風にあてた。だいぶ冷たくなったそれからは、潮の香りがしなくなった。彼と出逢ったあの夜の風に似ている、と思った。


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