飃の啼く…第20章-15
「総攻撃」
その言葉は果てしなく絶望的であるはずなのに、一つの終焉を迎えるに踏まねばばならない手順かなにかのように私には思えた。それほど私の危機感が麻痺しているのか、それとも、私にそう思わせる自信があるのか。私は後者だと思いたかった。この一年、何も知らなかった私が、戦い方を覚え、愛することを知り、絶望と、恐怖と、喪失を知った。あなじに心を奪われて、その闇からすら立ち返ってきた。そして、それを成しえたのは飃がいたから。彼がいる限り、もう何が起こってもいいと思える。何が起こっても、大丈夫だと。
この感情は諦観ではない。
来るなら来い。
そう。私の大事な人たちに、一筋の傷を付けるたび、報復の刃が幾重にもその体を裂くと知るがいい。
「狗族らしい顔になってきたじゃないか。」
飃が、私の傍らに立ってからかう。
「私が?」
彼はふっと笑って、私の頭をくちゃっと撫でた。
「ああ。限りなく人間に近い狗族だな。」
「なにそれ〜?」
そして、
「さあ、もうお開きだ。何か一言いってやれ。」
と、背中を押された。
「え?ちょ、一言って…」
と、前を向いた私を、何十人もの狗族の目がとらえていた。私は笑ってごまかしたいのをぐっと堪えて、しっかり息をしながら狗族たちの顔を見渡した。
「わ…」
急に喉が渇くけど、負けずに言った。
「えーと…私…去年の今頃は、狗族のことなんて、なんとも思ってなかったんです…私には関係ないって。でも、彼に手を引っ張られて、なんか、強引に戦いの世界にやってきたけど…」
私はチラッと飃を見た。向き直って続ける。
「今は、とってもよかったと思ってます。皆みたいに素晴らしい人たちと出会えて…失った命も、無くしたものも沢山あったけど…それでも、私…今は胸を張って、狗族の未来を守りたいって、そう思えるから。私は…皆みたいに強くて立派にはなれないけど…皆の力を借りて、皆の笑顔を糧にして、頑張れるって言うか…だから…ああもう、何言ってんだろ…頭がこんがらがって……とにかく、みんな、どうか死なないで。どうか生き残って…それで来年も再来年も、あの神楽を…見ましょう…ね?」
しんと静まり返っていたけど、私はほっと息をついた。私のほうを見ている狗族達全員が、優しい微笑を浮かべていてくれたから。やがて、誰かが大きく拍手を始めて、全員がそれに続いた。やがて拍手はやみ、それぞれが立ち上がった。
蝦夷のエエンレラが、素晴らしくゾクゾクする低い声で…そうか、こういう声をバリトンというんだ。とにかく、言った。
「さくら殿のおっしゃる通り!来年は某(それがし)もとうとう龍をお目にかけようと存じておる。生き残って見に来ねば損というものだ。」
そして豪快に笑うと、傍らにいた越後の吹雪にうなずいて見せた。彼女がスとたつと、示し合わせたようにまた手拍子が起こった。