飃の啼く…第19章-9
「さくら…」
飃の背中に回された手が、懇親の力をこめて彼を抱きしめ返す。何度も何度も味わった、何度も何度も焦がれた、彼女の声が、今
「飃・・・!」
夫の名を呼んだ。
「おのれ 犬の分際で この期に及んで吾にたてつくか !!!」
黷の怒りは、空気から空気へと伝染し、痺れるほどの悪意を帯びて全ての生を穢す呪いとなった。風炎は、この時までただじっと様子を見守っていた。奇跡を目の当たりにして、息をしているかさえ定かではなかった。だが、この瞬間、黷の呪いは風炎のたっている地上四階の空気まで犯し始め、このままでは再び気を失いかねなかった。
今しか、ない。
彼は日本刀を構え、彼が今まで傍観していた大きな穴の上から黷に向かって一気に飛び降りた。覚悟は決めていた。
「黷ーっ!!」
「御方様!!」
その一撃を、獄が身を挺して受け止める。刀はつかまで突き刺さったものの、黷の身体には数センチ及ばず…
「ちい!」
「狐、貴様!!」
かつてやむを得ず同志と呼んだ獄が怒りに顔をゆがめて叫ぶ。風炎は、刀を上に切り上げ、獄の上半身を二つに割った。
「この…化け物奴(め)!!」
そこに…二つに裂けた、血の気のない獄の、臓物の重なりの内に…何かがちらり、と見…
「見るなぁ!!!」
獄は、真っ二つの人間がおよそ発揮し得ない力で風炎の横っ面を拳で殴った。鈍い音がして、風炎は刀を放した。手元を飛び出した刀は、くるくると宙を舞って少し離れた地面に突き刺さった。獄の拳がこめかみに当たって風炎の脳を震わせる。風炎がその衝撃に膝を突き、獄が今にも剥離しようとする肉体を必死で押さえつけようとしていた。そして、おぼつかない足取りで、刀の刺さった地面を目指す。こめかみを強い力で殴られると、どんな屈強な剛の者でも、脳が振動し、しばらくは立ち上がることもままならない。たとえ体を引き裂かれていても、獄が風炎の首を断ち切るのは容易い。
刀を手にした獄が、地面に手を着く風炎の真上に刀を振りかざした。
「薄汚い獣の分際で…!!」
「風炎っ!!」
その言葉を発したのは、獄ではなかった。いわんや、風炎本人でもない。どん、と言う鈍い音がして、それから何かが地面を転がる音がした。
依然繋がったままの首を、風炎がめぐらせるとそこには肩で息をする茜が立っていた。