飃の啼く…第19章-6
「子?」
あなじは言った。
「わらわが汝の子を宿す?」
黷は微笑むように口を歪めた。まるであなじが肯定したかのように。だが、けたたましい笑い声は黷のものではなかった。
誰かが耳にしていれば、死ぬまでそのものを怯えさせるであろう、嘲笑の旋律は、同じく人間ならば耳にしただけで病みそうな次の口上に変わった。
「このわらわが、泥にも劣る“ケガレ”の子を宿す?!泥人形よ、汝(なれ)の耳目(じもく)が空の箱に通じているのでなくば、聞くがいい!」
身震いのような地響きがして、翳っていた空が夜よりも暗くなる。
「わらわはあなじ!魂を奪う風にして、阿鼻叫喚(あびきょうかん)に歌い、叫喚呼号(きょうかんこごう)に哂う、憎しみと混沌の化身よ!代から代へと、狗族どもの血を依代(よりしろ)に生きてきたこのわらわに、その汚らしい手で触り、まして子を宿すだと!!」
そして、手に握ったままの九重さえその炎で黒く染めて、
「その驕り、驕るに足らぬ世迷言と知れい!!」
ずん。と、重い音が地面の振動から伝わってきた。二つの影を中心に、何かが爆発したかのような強風が発生し、広がってゆく。風炎は、地上4階の部屋を吹き抜ける生暖かい暴風に頬をなでられ、気を取り戻した。
「御方様…!!」
獄の狼狽が、ひどく間の抜けた声に聞こえた。九重は黷の身体を貫き、背中からまっすぐに空に飛び出ていた。
―やったか…
と、目を見張る風炎の耳に、
「まだだ…」
飃が、ひゅうひゅうという空気音と一緒に口にした。
「…何?」
その、通りだった
砂煙が収まって、留まっていた時間が再び動き出したかのように見えた瞬間
九重は 燃え滓のように 崩れて落ちた。
崩れて落ち、風に乗って消えた。
彼女と、もう何ヶ月も共に戦ってきた九重の最後はあっけなく、静かで…まるで嘘か、冗談みたいだった。
「馬鹿な…!!」
体が動くまでもう少し時間がかかる。風炎はあらん限りの力をこめて、手に力を集結させた。腕一本、腕一本でも動けば…!