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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第19章-5

「遅かったか…!」

風穴から見下ろす彼の横を…背後から、音も立てず、真っ黒なものが横切って行った。



「それ」は

風炎の肩に軽く触れた。

それだけで、風炎は視界も、嗅覚も奪われ、その場にがっくりと膝を突く。傍らの飃も、こん睡状態の一歩手前といっていいほどの衰弱の中で、その禍々しさを感じて総毛立った。



其のものの名はケガレ、其のものの名は創(きず)、其のものの名は……

「…黷……」

薄れ行く意識の中で、風炎が口にしたその名こそ、全ての澱みの父であり、全ての澱みの統率者。そして、この時を誰よりも待っていた、災禍の中心であった。



「御方さま…」

獄が、心からの忠誠をにじませて跪く。黷は、それにちらりと目をやって、真っ黒な炎に身を焦がす、元は八条さくらという名前だったバケモノを愛でる様に眺めた。

そして、亡霊のような足取りで、風穴から一歩踏み出し、地面に降り立った。すると、彼の歩いたところから植物は枯れ、風は腐って彼の風下で滅びた。黷は、照らし始めた朝日のしたでも尚、陰を湛えた顔をあなじに向けて、

「獄よ…吾は今、初めて“期待”という感情をもったぞ…。」

胸に残る、嫌な声だ。肺を患ったガチョウのような、あるいは、この世の闇が具現化したものが発する声のよう。それでいて、その声に人間は聞き入り、しばしば日陰に誘い込まれる。そして、その声に魅せられて行くうちに、二度と日の光を浴びることは叶わないと知って絶望するのだ。

「よくやった 汝にはあの犬をやろう 。」

獄は、ひときわ深く頭を下げた。



あなじは、そちらに近づいてくる黒い影をじっと見つめていた。飃のあなじが極めて好戦的で、動いているもの全てを敵とみなしたのに対し、このあなじはそれより静を好んで彼らの会話を注意深く聞いていた。

「吾は 黷  。 女よ 待ちわびたぞ。」

あなじは、底知れぬ闇を内包するこの澱みの首領に際して臆することもなく言った。

「わらわは何人(なんぴと)も待たせぬ…何人をも待たぬ…わらわの行うは殺戮のみ。」

真っ黒な炎を身体にまとい、まっすぐと立って黷を見返すその獣は美しいとさえ言えた。黷は彼女に手を差し伸べ

「ならば供に殺戮を行おう…そしてそなたが吾の子を宿した暁には、更に多くを葬らん…。」



全ての風、全ての音、全ての名前のあるものは、次にあなじが発する言葉を待った。息を潜めて、恐れおののきながら。


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