飃の啼く…第19章-4
「風炎……?」
彼の眼鏡が朝日を反射して、目を見ることは出来なかった。
「風炎…!」
私は、足をちぎれるほど動かして、小竹の葉を九重の花弁で刈りながら、走った。
「フェーーーン!!」
彼の動きは、
ひどく ゆっくりと していた。
「やめてぇえぇえええぇっっ!!」
生き疲れたかのような飃のため息。それが、私の最後の記憶。
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「風炎・・・?一体何を…」
短い「しっ」という音で、茜の言葉は遮られた。彼は、誰にも見られないように彼女を部屋から連れ出し、地下の駐車場に連れ出した。
「逃げるんだ。君はこれ以上僕らの道具でいる必要はない…出来るだけ遠くへ行け、僕を待ってもいけない…いいか?」
「でも…それじゃあ!あたしは何のために…!」
風炎が手を上げて茜の言葉を止めた。
「君の命は、こんなことで失われてはならない。」
「でも…。」
切迫した彼の顔には、彼女の記憶のどこにもない、知らない表情が浮かんでいた。
「頼む。これ以上何も聞くな。また…運がよければ会える。そうしたら君を迎えに行く。そして君を守る。だが今は駄目だ…やらなければならないことがある。」
そう。その顔には、戦士がいた。茜には見ることの出来ない、彼の本当の姿。狗族の本来あるべき姿に、彼は戻った。茜はこくりとうなずいて、彼に背を向ける前に、風炎の手を握って引き寄せた。
それは、ままごと程度のキスだった。
それでも、風炎の心に灯った炎はさらに燃え上がり、決心をさらに固めさせた。
「じゃあ。」
「生きて帰って…風炎。」
風炎は、かすかに笑った。約束はしない。
例え死んでも…狗族の風炎として死んでいける。
彼が風穴の開いた病室に戻ると、八条さくらが決断を強いられていた。彼が幻影で作り出した自分自身が飃の後ろに立っている。その幻影を全て消す…その前に…カウントは0になり、哀惜の慟哭が、朝の大気を切り裂いて、風炎が行う前に前に幻影を消滅せしめた。