飃の啼く…第19章-21
「私が生まれなければ…茜はきっと、普通の子だったもん…もちろん、悪いのは澱みだってわかってるし、戦うのが私じゃなくたって、結局は誰か犠牲になる子が居たかもしれないって、わかってる。」
何か言いたげな飃を遮って一気に言う。
「でもさ…でも、ほっとけないんだ…私、茜って凄いな、っていっつも思ってたの。私なんかよりずっと大人で、肝が据わってる感じだった。」
そして、何と無く、フェンスに前のめりになって、それに体を預けた。
「わかったんだ…茜って、いつもどこか落ち着いてた。なるようになるって感じで、どこか投げやりな感じでもあったっけ…でもそれは…自分が最後にどうなるか、わかっていたからなんだろうって。自分が…澱みに殺されるような最後を、きっと知っていたんだろうって。」
茜の笑顔が浮かんだ。私より少し背の高い茜は、私のお姉さんみたいな存在だった。私よりひょうきんだったけど、私の言動によく笑った。真顔の時には少し近寄りがたいような雰囲気さえ漂う彼女の笑顔を見ると、もっと笑わせたくなった。
「我慢できないんだ…そんなの…。茜が、そんなに辛かったなんて、これっぽっちも解ってやれなかった自分が、情けない。」
「自分が騙されていたのだと、知ってもか?」
飃の声には、何の感情もなかった。それは、ただ単に私の心の吐露を手伝うためのものだった。
「茜が…茜の言葉が全部嘘だったなんて、ありえない。」
確信があった。何の証拠もなかったけど、茜は嘘なんてついていなかった。飃が、少し遠くで微笑んだ。
「無理はするなよ…風炎が戻ったら、帰って来い。」
「うん。」
私がうなずくと、彼はフェンスを飛び越えて、夜の街に消えた。階段を使わないところが、いかにも狗族だ。私は彼が消えた後の夜の闇を、しばらく見つめていた。問いも、答えも浮かばない空っぽの心が、何かの意味を求めるように街の明かりに引き寄せられている。
不意に、腰の辺りを誰かに掴まれた。
「!?」
振り返ると、荒い息で私にしがみ付いていたのは…
「茜!?」
私はあわてて、彼女の体を抱きしめる。病院の部屋着しか着ていない彼女に、この気温は冷たすぎる。
「茜?どうしたの…何でここに…」
思うまま言葉を走らせる口を黙らせたのは、茜の嗚咽だった。