刃に心《第−3話・静夜にて、黒き夜鳥は何想ふ》-3
「……時間が余った…」
ポツリと呟き、部屋を見回す。
だが、時間を潰せそうな作業は見当たらない。
仕方なさそうに水を一口飲んだ。
「……あの人は…」
───今、何しているのだろう?
ふと思った。
今頃は家に着いているのだろう。
多分、あの許嫁ももう帰宅している頃だ。
だとしたら、今頃は楽しそうに…
そう考えると胸の奥で嫌な風が吹いた。
何もすることがないと、そんなことばかり考えてしまう。
昔はこうでは無かった。
(……あの人に出会ってから…)
心で独りごちると、テーブルに両手を置き、そこに顔を埋めた。
寂しいという想いが募る。広い部屋が一層の孤独感を生む。
身体の芯が冷えていくようだった。
◇◆◇◆◇◆◇
どれくらい経っただろうか。
思い立ったかのように刃梛枷は顔を上げた。直ぐ様時計に視線を走らせる。
既に7時を回っていた。
「………」
感情の映らない瞳を数回瞬かせる。
いつの間にか眠っていたようだ。
「……ご飯食べないと…」
スッと、衣擦れの音一つ立てずに立ち上がり、キッチンに向かった。
小さな茶碗にご飯を盛り、冷蔵庫から作り置きのサラダと簡単なおかずを取り出し、テーブルに並べる。
「……いただきます…」
小さな声が大きな部屋に響く。車の駆動音やクラクションが遠くの外界から侵入してくるほど、部屋は静かだった。
◇◆◇◆◇◆◇
ゆっくりとした食事を終え、入浴も済ませたが、まだ時間が余っている。未だ手持ちぶさたの状態。
もう寝てしまおう。
そう思った刃梛枷は寝室に向かった。
リビングを出て、すぐに廊下を曲がる。この家の一番奥に寝室は存在した。
その寝室のドアを開けた。小さな机と折り畳み式のベッドが刃梛枷を黙って迎え入れる。
ベッド脇に置かれた写真が唯一温度を持っているよう。体育祭の打ち上げのときに撮った自分と疾風の写真。
その写真に一瞥をくれると布団の端を持ち上げた。
だが、部屋のカーテンが僅かに開いていて、夜の色を滲ませていることに気が付いた。
「………」
刃梛枷は無言で布団を離すと窓に向かった。閉めようとカーテンに手を掛ける。
その時だった。
ふと見た暗い闇の中を何かが駆け抜けていく。
それが疾風だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
疾風は闇から闇へと軽やかに移動していく。夜目が利く刃梛枷であっても、その姿は断片的にしか映らない。
それが逆に疾風だということを裏付けていた。
おそらく、また裏稼業に出かけるところなのだろう。