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刃に心
【コメディ 恋愛小説】

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刃に心《第−3話・静夜にて、黒き夜鳥は何想ふ》-2

◇◆◇◆◇◆◇

「───それで、彼方の奴がさ…」

夕暮れ。
オレンジ色に照らされた疾風の横顔を見上げた。

「……そう…」

刃梛枷は呟くように相槌を打った。
夕方の住宅街を通る道には誰もいなかった。すれ違う他人も、楓や千夜子さえも用事で今日はいない。
まるで、世界にいるのは自分たちだけのように感じる。

「………」

だが、それでも良い。
隣に疾風がいてくれればそれだけで良かった。

「しかも、ヒロシとユウも一緒になって…」

そんな心中など知る由もなく、隣の疾風は他愛のない話を続けてながら角を曲がり、住宅街を抜けた。
視界上部をを覆っていた家々が無くなり、刃梛枷の住むマンションが見える。
その姿が少しずつ大きくなっていき、数分も経たぬ内にその巨大な全容が露になる。

「あ、いつの間にか着いてたのか。
ごめん、何か一人で喋ってて…つまらなかったよな」

刃梛枷は小さく首を振る。
つまらなくなどはなかった。むしろ自分には喋れるような話題が無いので助かったとさえ思う。

「それならいいんだけど…今度から気を付けるよ」

疾風は苦笑いを零す。

「じゃあ、また明日な」

片手を上げて、疾風が背を向ける。

「………ぁ……」

不意に口から言葉にならない言葉が漏れた。

「ん?どうしたんだ?」

その声を拾った疾風が振り返った。

「………」

───もう少し一緒にいて…

そう言いたかった。
僅かな時間でもいいからもっと二人っきりでいたかった。
だが…

「……何でもない………また明日…」

口から出たものは全く関係のない言葉だった。

「ん。じゃあな♪」

最後にもう一度にっこりと笑うと疾風は夕闇へと紛れていった。
その後ろ姿を無言で見送ると、刃梛枷は踵を返し、マンションの中に入っていく。
玄関で素早く暗証番号を打ち込み、透明なガラス扉の間に身体を滑り込ませる。
いつもと変わらぬ、この一連の作業が今日は一段と無機質に感じた。

◇◆◇◆◇◆◇

エレベーターでマンションの最上階まで上がった。
自分の部屋も玄関と同じように暗証番号を打ち込み、鍵を開ける。
ただいま、は言わない。誰もいないのは明白だからだ。
部屋は4LDK。だが、使っているのは寝室用の一部屋とLDKの部分のみ。後3部屋は物一つ置いていない。
使っている部屋でさえ必要最低限の家具しかない。リビングでさえ、部屋とは対照的な小型のテレビと小型のテーブルがぽつん、と置いてあるだけだった。
その為、広い部屋はより広く見え、心なし寒々としている。

「………」

そんな自室を無言で一瞥すると、刃梛枷は寝室に向かった。
数分後、ラフな姿で現れた刃梛枷はキッチンに行き、コップに水道水を注ぐと、それを持ってリビングに向かう。
時刻は午後6時。
夕飯は昨日買っておいた惣菜が冷蔵庫にある。が、まだ早い。
学校の課題も無い。


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