飃の啼く…第18章-12
「ねぇ。」
風炎は何もいわず、ただ茜を見ていた。
「名前、あるの?」
「ああ。」
「ふぅん。」
と、言った彼女は、子供が見せる表情の中で一番真剣な、あの何かを見据えるような、睨みつけるような視線を足元に落とした。
「あたしを殺すのは、貴方の役目?」
「ああ。」
隠すことでもない。風炎はためらいなく答える。
「じゃぁ。殺す“直前”に教えて。貴方の名前。今は…」
「風炎だ。」
弾かれた様に茜が顔を上げる。目を大きく見開いて、風炎を見ていた。何がそうさせたのか、彼にはわからない。解らなかった。でも、彼は彼女に名前を伝え、未練を生んだ。何のためかと聞かれても解らない。
そして、茜のから、一筋の涙が落ちた。
「風炎?」
「ああ。」
「もう…非道い奴…。」
そう言って、大粒の涙をこぼしながら笑った。それを一生懸命拭って、感情そのものを塞き止めようとするかのように、服の袖で目頭を強く押した。そして、しばらくそうしていてから聞いた。
「気に入ってる?」
赤く腫れた目で微笑もうとする彼女の顔は、彼が見てきた彼女の表情の中で一番ひどいものだったけれど、彼はその顔が、一番美しいと心のどこかで思った。
「ああ。」
彼女は、風炎の答えに少し驚いて、
「良かった。」
そして、今度は本当に笑った。
「いい名だもの。」
それにつられて微笑む風炎は、虚実だらけの彼の人生において、矛盾と戦い、使命と葛藤しながら守ろうとした、たった一つの希望の姿をようやく見つけ…そして、失おうとしていた。
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だれ…?
暖かい背中…飃?
「ん…」
「目を覚まされたか、さくら殿。」
「い、イナサさん!」
私の意識は一気に覚醒した。
「お願い!お願いだから、神立の後を…追って……あれ?」
でも、神立はいなかった。私は、風のようにかけるイナサさんの背中の上で、強風に圧倒されて目をしばたいた。