飃の啼く…第18章-10
雨はあくまで優しく、残酷な愛撫のように私の肌を伝っていった。体温は奪われ、指先はかじかんでいたけど、目の中にはしっかりと神立の行く先があった。彼は時々立ち止ってこっちを振り向き、私が追いつくのを待った。どこに向かっているのか、一言の説明も無いまま、盲目的についてゆくだけ…次第に、私の衰えた体が悲鳴を上げ始めた。
動いてよ!
動いてよ!私の筋肉が千切れても、足の指が全部なくなっても、私は行かなきゃならないんだから!大馬鹿野郎!私を置いて、茜のために自分を差し出すなんて!私が助けに行かないとでも?私が自分の命に代えても、あなたを守ろうとしないとでも思ったの?あなたの不在を背負って、私が生きていけると思ったの?!
「くそ…っ!」
私の足は力を失い、いきなり地面に投げ出された。足はもう動かないみたいだった。
「動けっ!」
ふがいない足を拳で殴る。痛みだけが伝わって、足はびくともしなかった。
「動け!動けぇっ!」
雨は冷たく、涙は暖かかった。屍のように過ごしていた無為な日々を呪って、足が動くようになったならそうしただろう。気づくと、神立は目の前に立って私を見下ろしていた。その表情から伺えたのは、同情でも軽蔑でもなく…たぶん、興味だったと思う。彼は、私を観察していた。
彼の差し伸べた手に、私が手を伸ばす。
触れた瞬間に…幻は消え……私は気を失った。
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「どうしたの?」
彼は、窓の外を見たまま、一心に何かを行っていた。窓の外は真っ暗で、目を凝らしても見えるものは何一つ無かったけれど。
彼は、茜の呼びかけをしばし空中にとどめてから、向き直って返した。
「…わからないな。」
「何が?」
彼はもう一度外を向き、今度は茜に質問した。
「人間は…自己犠牲に何を見る?」
彼の発した言葉は、窓ガラスを少し曇らせた。真っ黒な窓は、部屋の中の光をぼんやり反射して、まるで幻のように窓の外にもう一つの部屋を見せていた。その虚像の中で、風炎の後ろにいた茜は少しうつむいた。答えぬ彼女に、風炎はさらに聞く。
「自己満足か?それともパフォーマンスなのか?見返りを求めて行っているに過ぎないのか?」
茜は、ただ首を振った。
「それって、とてもくだらない質問だってわかってる?」
いつもの冷笑が、彼女の表情を冷たいものにした。
「人間人間って、あんたはこだわってるようだけど、逆に狗族とか言うあんたたち種族は、道で行き倒れている子供に一瞥もくれないの?その子を介抱するとか、せめて金や食べ物も恵んでやらないわけ?」
風炎は言葉に窮する。