ジャンプ!-4
会社を辞めてからの直海の生活は一変する。朝早くから時間に追われる必要が無くなった。
ゆっくりと10時頃に目覚め、朝食を摂り、それから昼過ぎまではテレビの前を占拠して、昼過ぎからパジャマから作業着に着替えて畑仕事や庭仕事に精を出す。
夕方には作業を止めて、直海がコーチを務める小学生の野球チームの練習を指導する。
これまでに比べて考えつかないほど、のんびりとしたスケジュールに身を置く直海だった。
退職後、5日目。彼は毎月診てもらっている病院に通うべく会社の近くを訪れる。ビルの屋上に見える煙突から白い煙が見える。
駐車場には見覚えのあるクルマが何台か並んでいた。
病院で受付を済ませると、彼は思い出したように病院の外に出て、携帯を掛ける。
数回のコール音が聞こえた後に接続音が続き、いつもの鼻に掛った甘い声が聞こえた。
「ハイ、〇〇です」
林の声だ。いつもの調子で喋ろうとした直海だが、声が上ずってしまう。
「貞本ですけど……」
「どうしたの?突然」
予想だになかった電話に、林の声も明らかに動揺している。
「もぅ、携帯の方に電話してよ」
「ゴメン。ちょうど近くを通り掛ったからさ。早く連絡をとりたくて」
「何?」
「君と夏川さんを〈田舎〉に誘いたいんだ。日程を調整してくれないか?」
「貞本さんは?」
「オレは時間なんぞいくらでも作れるから、そっちで決めてくれ」
「分かった。話してみるわ」
電話は切れた。直海はしばらく携帯を眺めていた。
〈田舎〉とは、以前から林や夏川から連れけとせがまれていた料理屋の事だ。
彼の任された現場では、様々な下請け業者に工事を依頼していた。
直海は会社の人間とより、むしろ彼らとの付き合いを大切にした。
彼らとの作業に積極的に参加し、食事を共にする。そうやって公私に渡って付き合う事で、社外の友人を増やしていった。
〈田舎〉という店も、そのおかげで知りえた。
ある日、直海の元に1通の招待状が届いた。
差出人は協力会社の人からで、その人とは仕事ばかりでなく、個人的に飲み明かしたりした仲だ。
招待状の中身は、その人の兄が和食の料理屋を開店するので、その開店祝いの式に来てほしいとの内容だった。
直海はふたつ返事で伝えると当日、胡蝶蘭の鉢植えを送った。彼が来店して通された座敷の床の間にいくと、その胡蝶蘭が飾られていたのだ。
それからは会社の接待や彼女とのデートなど、公私共に利用していた。
それを、林と夏川はどこかで聞き付け直海に頼んでいたのだ。
彼は連れて行くと言ってたのだが、お互いの調整がつかずに今日に至ったのだった。