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『彼方から……』
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『彼方から……』-8

「彼女を恨んでいないと言ったら嘘になってしまうわね。私達の息子を奪ったのだから……けれど、恨んだところで克樹は帰って来ない。あの子の為に泣いている彼女を見た時、許そうって思ったの。憎しみは何も生まないし、彼女も被害者なんだからって……。きっと、彼女を守れて克樹は満足している……そう思っているし、そう信じたいの。今は彼女の心の傷が早く癒える事を祈るわ。」

母さん…俺、あなたの息子でよかったよ。俺の気持ちをわかってくれてありがとう……

言葉に出来ない思いを堪えて、俺は唇を噛み締めた。

「どうぞ……」
「え?」

俺に差し出されたのは一枚のハンカチ。そしてその時初めて俺は自分が泣いているコトに気付いた。母さんからハンカチを受け取ると俺は涙を拭く。

「克樹の為に泣いてくれてありがとう。」

そう言われても俺は言葉を返せず、ただ小さく首を振るしか出来なかった。


「何故かしらね……あなたとは初対面の筈なのに、ずっと前から知っていた様な気がするの。まるで克樹がいるみたいで……。またいらして下さいね、いつでも歓迎しますわ。」

玄関先で俺を見送りながら、母さんはそう言った。
これが親子ってものなんだろうか?ひょっとしたら母さんは……いや、考え過ぎだろう。俺はもう一度頭を下げると自宅を後にする。

後は美宇……お前のコトだけだ。


それからさらに一週間が過ぎたが、美宇に目立った行動はない。このまま思い留まってくれたなら、どんなに救われるだろう。

そう思いながらその日、俺は墓地に来ていた。

目の前にあるのは渡瀬家の墓、そして墓石の脇には真新しい名前……

「渡瀬克樹、享年24才か……自分で自分の墓参りをするとは思わなかったな。変な気分だぜ。」

墓参用の花束に木桶。掃除でもと思ったが墓は綺麗に掃除されていた。

「儂はこの寺の住職じゃが、あなたは渡瀬家の縁(ゆかり)の方ですかな?」

突然後ろから声を掛けられて、俺が振り返えるとそこには袈裟を着た男が立っていた。

「ええ、会社の同僚でした。式に行けなかったので、せめて墓参りでもと思って来たんですが、ずいぶんと綺麗にされてますね。」

俺がそう答えると、見事に禿上がった頭に白髭を蓄えた住職は、目を細める。

「ふむ、それは良い行いじゃな。その墓はな、故人の恋人が毎週欠かさず新しい花を持って掃除に来ておるのじゃよ。まったくもって不憫な事じゃ。」

美宇が俺の墓を?

休日の昼頃に出掛けているのは知っていたけど、まさかここに来ていたなんて……

「しかし、どうにも腑に落ちないんじゃ……」

不意に住職はボソリと呟いた。

「何かおかしなコトでもあるんですか?」
「あの娘さん……故人を偲んで墓参りしとる様には見えんのじゃ。儂は長い事、寺の住職をしておったからな、人の生き様死に様を見てきた。娘さんの時折見せる思い詰めた顔がどうにも気になってな。儂の取り越し苦労なら良いんじゃが……」

美宇が俺の墓参りをしていた理由。それは自分が死ぬ日を確認する為なのか?

いつも通りに日々を過ごす美宇に、俺の気持ちはどこか緩み始めていたのかもしれない。だが本当は違った、硬い決意は少しも揺らいでなどいなかったんだ。

背中に冷水を浴びせられた様な感覚に身震いがする。そして、その日は確実に近づいているのだと俺は思った。

「させねえよそんなコト。俺はその為に来たんだ。」

絞り出す様に呟くと俺は住職に一礼をして歩き出す。

「ああ、お待ちなさい。」

立ち去ろうとする俺を住職は呼び止めた。

「お前さんも数奇な運命らしいのう。儂にはよくわからんが、上手くいく事を祈っとるよ。」

軽く会釈を返して、俺は走り出した。

俺に残された時間は、あと二十日……

食い止めてみせる…

俺が必ず……


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