『彼方から……』-7
「道の真ん中でボサッと突っ立ってんじゃねぇよ!!バカヤロウ!!」
身体に衝撃を感じた後、罵声が聞こえた。気付くと俺は道の上に立っていて、声のする方へ顔を向けると肩をいからせたヤクザまがいの男が俺を睨み付けている。
「んだ?テメェ!文句でもあんのかよ!!」
「俺に言ってんのか?あんた俺が見えるんだな?」
「馬鹿かテメェ!!昼間っからラリってるんじゃねぇよ!!」
男は路上に唾を吐き捨てるともう一度俺を睨み付けて歩き去った。
そうか……肉体を持ってるんだな俺は……
待てよ?昼間?あの時は夜だった筈。じゃあ、あれから一日経ったのか?
こうしちゃいられないな。まず今の状況を把握しなければ……
俺は取り敢えず行動を開始しようとして、ふとある事に気付く。これからどうやって過ごせばいいんだ?
慌てて自分の持ち物を確認してみると、俺のポケットには財布と携帯が入っていた。財布の中には有り得ない程の現金に免許証……
免許証?
俺が持っていたのは知らない顔と名前の免許証だ。
「只野…克典(かつのり)。それが俺の仮の名前か……はっ!ご丁寧に俺が持ってた資格と生年月日は同じになってやがる。携帯の機種まで同じとはあいつも手回しがいいな……」
連絡手段に交通手段、そして当座の生活費……
XDayまで心配はいらないって意味か……。こいつは有効に使わせてもらうぜ。
俺は再びポケットに財布をねじ込むと行動を開始した。
まず最初に俺がした事は、拠点の確保……
これは案外簡単だった。
美宇の自宅の傍にはウィークリーマンションが建っていて、簡単な手続きでその日から住む事が出来た。
美宇の部屋が見える場所に居を構え、俺はここから美宇を見守る事にする。
次は現在の美宇の行動パターンの把握。この二点を抑えておけば対応も早い筈だ。
興信所の真似事までして俺が知り得た情報は、現在美宇が新人ながら会社のプロジェクトに参加している事。そのプロジェクトは後一月半程で終了するらしい。そして、プロジェクトの終了を機に退職すると言う噂があるんだと同僚を名乗る女子社員が教えてくれた。
「噂じゃねぇよ……」
マンションの部屋の窓際でパンを噛りながら俺は呟く。ここまでの情報収集に二週間の時間を費やした。俺に残された時間は後一ヶ月……
美宇……やっぱり本気なんだな、お前……
翌日、俺はマンションを出てある場所へと向かった。美宇が気掛かりだったけれど、俺はどうしてもそこに行かなければならない。
途中で花屋に寄って、俺はここに来た。
………ピンポーン………
しばらくしてドアが開くと
「どちら様ですか?」
と俺を出迎えた女性は怪訝な顔をして尋ねてくる。
「自分は只野克典と申します。克樹君とは会社の同僚でした。訃報は聞いていたのですが出張中でしたのでご挨拶に伺えなくてすみません。あの、よろしければ線香をあげさせて頂けませんか?」
老けたな母さん……
僅かの間に驚くぐらいに母は老け込んでいた。
「それはわざわざご丁寧に……さあどうぞ、上がって下さい。」
俺は母さんに連れられて慣れ親しんだ仏間に通される。仏壇の中央には真新しい俺の遺影、そして部屋に漂う線香の匂い。きっと朝晩絶やさずにあげていたんだろう。
「あの、よろしかったらお茶をどうぞ。」
「恐れ入ります。」
母親に敬語を使うのは妙な感覚だったけれど、俺はテーブルについてお茶を飲んだ。
「克樹は……会社ではどうだったんですか?」
先に話しを切り出したのは母さんだった。
「いい奴でした。誰にでも気さくで面倒見がよくて、だけどそのせいでよく貧乏クジを引いてましたけど。」
「本当に克樹と仲がよろしかったのね、あの子の事をよくわかってらっしゃるわ。」
母さんはほんの少し笑顔を見せる。それが嬉しくて俺は自分の体験談を人から聞いた様に置き換えて母さんに話し続けた。
「あなたの話し方は克樹にそっくり。まるであの子がいるみたいだわ。」
笑顔を見せながら、母さんは目頭をそっとハンカチで押さえる。そんな仕種が俺の胸に突き刺さった。
ごめんよ、母さん……
「あの……他人の俺が聞いちゃいけないコトだとわかってますけど、聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「やっぱり、美宇さんのコト恨んでますか?」
俺の言葉に母さんは息を飲んで無言になった。聞いてはいけない事だとわかっていた。だけど俺は知りたかったんだ、母さんの気持ちを……
重くのしかかる無言の重圧。耐え切れない場の雰囲気に俺は再び口を開いた。
「申し訳ありません。失礼なコトを聞いてしまって……では俺も失礼させて頂きます。」
深く頭を下げて俺が立ち上がろうとした時、母さんは重い口を開き話し始めた。