『彼方から……』-15
……パチ…パチ……
静かな室内に薪の爆ぜる音が響く。
「………ん………」
俺の背後で小さな呻き声が聞こえた。
「気がついたか?」
火掻き棒で暖炉の薪を掻き起こしながら俺は言う。
「……ここは?……」
「ログハウスの中だ。」
俺は振り向かずに答えた。
「あたし、生きてるの?」
「…ああ……」
「どうして?」
「俺が助けたからだ。」
それでも俺は振り向かない。いや、正確には振り向けない……
「なんで?」
「死なせたくないからさ。」
「どうして邪魔するの?」
「邪魔?…」
「そうよ……あたしは克樹のところに行くの……」
「そんな事しても克樹は喜ばない……俺はそう言った筈だ。」
そこで俺は初めて振り返る。俺の顔を見た美宇は驚きを隠せないといった表情だった。
「あ、あなたは克樹のお墓で会った人……一体、あなたは誰なの?」
「俺が誰かなんてどうでもいい。馬鹿なコトは考えるな。」
「克樹があたしを待ってるのよ?あたし、行かなくちゃ……」
「克樹は君を待ってなんかいない。冷静になれ、そんなコトして克樹が喜ぶとでも思っているのか?」
俺は再び暖炉の方を向くと薪を焼べる。
「なによ!!知りもしないで勝手なコト言わないで!!……きゃっ!あたし、なんで裸なの?」
立ち上がって俺に文句を言おうとした美宇は、自分が裸である事に気付いたのか慌てて毛布を手繰り寄せた。
「慌てるな、身体を暖める為に脱がせただけでそこに干してある。大事な想い出の服だろ?湖水で汚れちまったから、帰ったらクリーニングにでも出すといい。」
頃合いよくお湯が沸き、俺はマグカップにココアを作ると美宇の前に置いた。
「ココアだ。飲めよ、暖まるぞ。」
「あなた…何者なの?」
毛布を巻き付けたまま、美宇は後ずさる。その瞳には微かな恐怖の色が浮かんでいた。
「なんでこの服が想い出の品だって知ってるの?そうよ、冷静に考えればおかしいコトだらけだわ。どうしてあたしがここにいるってわかったの?なんでこんなにタイミング良く現れるのよ!」
「ふっ、大分冷静になってきたみたいだな。だけど俺が誰だとか、どうしてここにとか、そんなコトはどうでもいい。俺の目的はただひとつ、君を自殺させない事だ。」
「……自殺……」
………パサッ………
何かを思い出した様に、ゆらりと立ち上がった美宇の身体から毛布が落ちる。そして暖炉の脇で乾かしていた服を手にすると着替え始めた。
「何をする気だ?」
「あなたが誰なのかわからないし、知らなくていい。ただ、あたしは克樹のとこに行くの。お願いだから邪魔しないで。」
「助かった命をまた捨てる気か?」
服を着終えた美宇は俺の方を向いてうっすらと笑う。
「本当なら、助けてくれてありがとうって言うところかもしれないけど、命を救うコトが必ずしもその人を助けるとは限らないわ。あなたにはわからないでしょうけどね……」
「じゃあ、やってみればいい。俺は何度でも助けるし、邪魔してやる。」
「いい加減にして!!他人のあなたにはわからないコトなのよ!!」
こぶしで壁を打ち付けると美宇は俺を真っ正面から睨んだ。
他人……か。お前から見ればそうなんだろうな。
「じゃ、最後に答えてくれ。克樹はお前に死んでくれって、本当に言ったんだな?」
「………」
俺の言葉に美宇の視線は力を失い宙を彷徨う。
「答えろよ。もし本当に言ったのなら、俺はもう邪魔しない……好きにすればいい。」
俺がそう言うと、少しの間を開けた後に美宇は囁くような小声で答えた。
「……言った…わ…」
「嘘だ!!」
俺の言葉に美宇は目を見開き、まるで小さな子供が嫌々をするみたいに首を振る。
「だって、克樹は答えてくれたんだもん。あたしを待ってるって……」
「違う!!あの時、蛍光灯が割れたのは拒否の意思表示だったんだ!」
「なんでそれを!?だって、あの時部屋にいたのはあたしとポチしか……」
「本当にそうか?ポチは気付いてたみたいだったけどな…」
「そ…んな……まさか、あなたは……」
「ミャ〜ン」
俺の傍にいたポチは目を覚まして一声鳴くとゴロゴロと喉を鳴らして俺に頭を擦りつける。
「なんで?なんでポチがここにいるの?だってポチは……」
「あの人は、すでに俺が誰だか知っている……だから俺にポチを預けてくれたんだ。その毛布に見覚えないか?誕生日にお前が選んでくれた奴だぜ?」
美宇はよろめく様にふらふらと歩いて毛布を拾うと、じっと見ていた。やがて何かに気付いたのか、その顔は驚きの表情へと変わっていく。
「あなたは……じゃあ、あなたはやっぱり……克樹…なの?」
「ああ、姿は変わっちまってるけどな。」
美宇の言葉に俺はそう言って頷いた。とうとう禁断の台詞を口にした俺を突如、さっきとは較べものにならないぐらいの脱力感が襲う。
まだだ!!頼む、もう少しだけ時間をくれ!!
俺の想いを伝える時間をくれ……