結界対者・終章-4
「ふふっ、ちょっと事情があって隠してたけどね、いつか話した元対者ってのはウソ。御覧の通りよ」
「それなら、あの…… 時間を戻して間宮を助ける事は出来ませんか? 無理ならせめて、馬鹿本だけでも」
「……ごめんなさい、それは無理なの。時間が経ち過ぎてる上に、魔術が絡んでいるから」
「そう…… ですか」
「ごめんなさい…… そうだ、とにかくこれまでの経緯を説明しなきゃね」
「え? ああ、はい」
「ねえ、イクト君、セリと出掛けた日の事、覚えてる?」
「ええ、店に来てましたよね、ジルベルトの連中が」
「あいつら、セリをよこせって…… 」
「……え?」
突然放たれた、意表をついた言葉に、応える声のトーンが思わず上がってしまう。
そんな俺を気にも留めず、サオリさんは静かに、噛み締める様に続ける。
「この前の楽箱での一件をね、セリの赤い目が原因なんじゃないかって」
「そんな……」
「それだけじゃないわ。忌者を呼び寄せている元凶かもしれないって」
「馬鹿な!」
「あいつらに言わせると、何か特別なモノらしいのよ、セリの赤い目は。それで、このまま放置しておくのは危険だとか、我々は然るべき技術と施設を用意出来る、なんて最もらしい事を……」
楽箱の一件とは、あの儀式の事だ。
確かにあれは、彼らの目論見通りには進まず、何らかの原因でガーゴイルが暴走して失敗に終わり、結果的に樋山が自らと引き換えに後始末をした。
しかし、それが、間宮が持つ赤い目が原因で起こった事?
ちがう、そんなの言いがかりだ!
「サオリさん、楽箱での事はともかく、間宮が忌者を呼び寄せている元凶かもしれないなんて事は、デタラメの作り話ですよ!」
「……イクト君?」
「あの、連休の最初の日、俺と間宮は出掛けた先の海岸で忌者に襲われました。もちろん、この街から遥かに離れた、結界も何も関係のない場所で、です。もし、その直後に、さっきみたいに間宮が忌者を呼び寄せている元凶かもしれないと言われれば、疑いつつも心のどこかで信じてしまったかもしれません。だが、今は違う」
「……?」
「あの海で、忌者に俺達を襲わせたのは、ジルベルトだったんですよ。さっき、間宮の机を調べていたら、間宮の携帯が出てきて…… その中に、春日ミノリからの、あの海へ行く事を巧妙に薦めているメールが残っていました」
「メール?」
「ええ、おそらく、奴らがサオリさんに話した、間宮が忌者を呼び寄せている元凶ってアレを、事実として成立させたかったんでしょう。……まあ、俺も、たった今話を聞いて、ようやく解ったんですけど」
「そうだったの……」
「それで、店に来たジルベルトの連中はどうしたんです?」
「当然、断ったわよ。そうしたら、我々は事態を放置出来ない、応じて戴けないのならば、強硬手段に出るって」
強硬手段…… だと?
「そんな! それでバカ本は殺されたんですか! 間宮を連れ去るだけの目的で! 春日ミノリに!」
「…………」
「サオリさん?」
「ごめんね……」
「え?」
「私…… まだ、全部、ちゃんと、イクト君に話してない」
不意に、サオリさんの唇から、苦し気な呟きと細く長いため息が漏れる。そしてそれは途切れると同時に、何かを決意した様な、そんな呼吸に姿を変えた。