追いかけて来た、太陽!-2
俺は、待てど焦がれど気やしない列車を待つより、使えればこのママチャリでもって、乗り換えの為のターミナル駅まで
行けるのではと、放置自転車に近づき。そして倒れて居る自転車を起こして、シゲシゲとその成りを伺った。
香奈華もそんな俺を覗き込んで、訝しげに首を傾げていた。
「ぼろいけど、問題はなさそうだな。2キロや3キロ走ったところで、どうって事はなさそうだ」
そんな俺の言葉を聞いてか、香奈華も嬉そうに笑っていた。
俺は持っていたスーツケースをひしゃげたママチャリの前籠に放り込むと、腐ってボロボロに成りそうな自転車の椅子に
腰を掛けた。
そんな俺の姿を見て、香奈華は。
「それじゃぁ、お兄ぃ…… さよならだね……」
そう言って、泣きそうな顔を、俯いて隠す。
「ああっ、さよならだ。また正月に来るから、それまで良い子にしてろよ」
俺はそう言って、香奈華の頭を撫でるのみである。
「もうっ! すぐそうやってお兄ぃは子供扱いするっ」
香奈華はそう言い放つと、剥れた顔で俺を睨んでいた。何はともあれ、俺も最後に彼女の元気な顔が見れて、ホッとした
のも事実だった。
俺は香奈華に別れを告げると、ターミナル駅に向かうべく、ポンコツ自転車のペダルを漕ぎ始めるのだった。
漕ぎ始めるのだったが。
一瞬、香奈華に『お兄ぃ!』と呼び止められたような気がして、慌てて自転車のブレーキを掛けた。さしたるスピードも
出ていない自転車は ”キキッ”と軽い音を立てて、直ぐに止まる。
俺は振り向いて、突っ立ったままボーとしている香奈華を見やって言った。
「なあお前……俺が列車に乗るまで一緒に居るって言ってたよな」
「へっ!」
不意にそんな事を言われてか、香奈華もキョトンと目を丸くする。
「別に此処じゃなくても……ターミナル駅ででも、見送りは出来るよな」
「……?」
俺は跨って居た自転車から降りると、来ていたスーツの上着を脱いで、スーツケースの入った前籠へと叩きつけるように
して、それも投げ込んだ。そうして絞めていたネクタイを緩め、Yシャツの袖を捲くりあげると。
「乗れよ!」
と、おんぼろ自転車の荷台を指差して言った。
「えっ! いいのぉ……」
「見送るんだったら、最後まで見送れ! ターミナル駅までサイクリングだ!」
俺がそう言うと、香奈華は両手で目の辺りを擦りながら俺に飛び付いてきた。
「行く、行く、行くよっ! 一緒に行くよ!!」
「そうと決まればお嬢様、さあさ、お早くお乗りくださいませ」
俺にそう言われ、香奈華は自転車の荷台に跨って、被って来た麦わら帽子を手で押さえながら。
「よろしくってよパーカー! さっそく遣ってちょうだいなっ」
「ははぁーただ今! かしこまりました」
そんな事を言いながら、二人して笑っていた。
整備などされているはずの無い、ポンコツの水色自転車。荷台に香奈華を乗せて、それでも力づよくペダルを漕げば、よ
ろよろしながらも走り出す。やがてスピードも出てくるや、ポンコツ自転車も息を吹き返した魚の様に、風を切って田舎の
一本道を、軽快に走りだす。塗装も剥がれて錆々だらけの車体からも、何だか楽しげな音が響き出していた。
「でも良いのぅーお兄ぃ! 警察官が自転車の二人乗りのんかしてっ! これって道路交通法に違反してるんじゃないぃ!」
背中越しに香奈華が言って来た。
俺は必死にペダルを漕ぎながら。
「いいんだよ! 今は緊急事態なんだからっ! 君は警察活動に協力をしてるんだし! 気にするなっ!」
「なにそれぇー! 冗談っ! つまんなーーいっ!」
俺も香奈華も何がそんなに可笑しかったのか、そんな会話を背中越しに交わしながら、ゲラゲラ笑っていた。
軽快に走り行くポンコツ自転車。俺もこんなに楽しい気分に成ったのは、久しぶりだった。
「ねえねえっ、仁一(じんいち)お兄ぃ! あたしこんなのって初めてぇーーっ!」
「えっ! 何だってーっ! よく聞こえないよーーっ!!」
「う〜ぅんっ! 何でもなぁーーいっ!」
俺は香奈華がくっ付けている頬っぺたの柔らかさを背中に感じながら、腰の辺りに回された彼女の腕を片手で掴み。
「飛ばすから、落っこちないように、しっかり掴まってろよ!!」
そう叫びながら、首を捻って香奈華の横顔を覗き込んでいた。
「うんっ!」
と返事を返す、香奈華の濡れた瞳には、夏の暑い太陽が映りこんで、キラキラと輝いていた。