水泳のお時間-7
「夕立ちか。…桐谷、今日はひとまず切り上げよう」
「えっ…」
「このままじゃどしゃぶりになりそうだしさ。それに、あんまいっぺんに色んなこと教えたら、桐谷も混乱するだろ?」
そんな…混乱なんて…。
わたし、瀬戸くんが教えてくれるなら…ぜんぶ覚えられるようがんばる…
もう泣いたりだってしないから…
だから、もっと…もっとわたしに教えてください。
傍に、居たいんです…。
「桐谷?」
「……っ」
寂しい気持ちを勘付かれちゃったのかな。
いつまでもわたしが俯いて黙っていると、瀬戸くんが優しく顔を傾けてきた。
「ひょっとして不安なの?そんな焦らなくてもまた明日教えてやるよ」
「!瀬戸く…」
「はは。嬉しい?」
瀬戸くんの言葉に、わたしはコクコクとうなずく。
そう。この時間は今日で終わりじゃない。
ということは瀬戸くんと会える。また明日も、二人で会えるんだ。
あまりに嬉しさに感無量していたそのとき、瀬戸くんが何かポツリと意味深に呟いた。
「それに、桐谷にはもっとこれから色んなこと教えてやんねーとな。でもちゃんと桐谷の体力が持つか、俺はそっちのが不安だけど」
「えっ?」
当然、その言葉の意味が分からない私はポカンと首を傾げる。
すると瀬戸くんは何も言わず、ただ静かに微笑み返した。
「瀬戸く…」
「とにかくプールから出よう。身体冷えるよ」
そう言って、瀬戸くんはわたしの言葉を遮ったかと思うと、一足先にプールサイドにあがった。
そしてそのまま差し出された手に、わたしは戸惑いつつも手を伸ばしてみる。
「じゃあね、また明日。風邪引くなよ」
水の中にいたわたしを引き上げてくれると、瀬戸くんはまたいつものように笑って、そしてそのままプールサイドを跡にした。
わたしはそんな瀬戸くんの後ろ姿を見つめ続けながら、雨の中いつまでも手を振り返していたんだ。
「瀬戸くん…」
二年間抱き続けてきたこの想いは一気に膨れあがり、もはや自分の力では抑えられない所まで来てしまった。
その瞬間、わたしは思わずギュッと苦しくなる胸を抱きしめる。
まさか私…。今日がこんな忘れられない日になるなんて思いも…考えもしなかった。
もしかすると明日は、今日よりももっと忘れられない事をされてしまうかもしれない。
だけどもう、後戻りは出来なかった。
だってこの時から既に、わたしの心は瀬戸くんという激流に呑まれ…溺れてしまっていたのだから。