飃の啼く…第17章-6
「ねぇ…あんたたちさ…」
私が覚悟を決めたのを察知したのだろうか。言い終わる前に、カジマヤが手を合わせて言った。
「勘弁してくれよぉ…もし全部話したら、飃兄ちゃんに耳をそがれる…」
耳をそぐ…飃もエグい脅し文句を使うものだ。
「じゃあ、耳の先っちょだけで済む程度の情報でいいわよ。あんたたち、『仕事』なんて言って一体何をしてるの?どうして私には教えてくれないの?」
「それこそ、耳だけじゃすまない質問だよ…一つだけ言えるのは、悪いことじゃないってことだけさ。」
そして言葉を切って、声を落とした。
「それに、兄ちゃんが言うには…人助けだって。」
「ふぅん…まあ、いいや。お疲れ様。」
そう言って、笑顔を見せた私に釣られて、カジマヤも少し微笑んだ。見送る間際『危険なことに首を突っ込まないように』と私が言うと、
「俺たちの日常の何処が危険じゃないって?」
と、笑った。
ため息まじりに笑った私の頭の中で、茜を心配する気持ちはこの時すでに忘れられていた。言い訳がましいが、人間は一度に沢山のことを悩めるようには出来ていない。背負うことは出来るけれど。
人助け…ますます怪しいように思える。私は覚悟を決めなおして、部屋のドアを開けた。今日こそ全部聞いてやる。
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「おたくが噂の探屋?」
黷の住む部屋を殺風景と表現するなら…それと正反対なこの男のオフィスについてはなんと言ったらいいのだろう。
「ああ。」
どっしりとした大理石の乗った机の引き出しから、葉巻を取り出して、不必要に豪華なライターで火を着ける…今も昔も、人間という生き物は飾りたがるものだ。宝石で、服で、調度品で…そして、女で。そしてこの男はその全てを持っていた。スーツケースから一枚の紙を取り出して、男の前に掲げる。
「契約書だ。よく読め。」
男の膝の上に乗せられた金髪の女は、爪をいじる合間にちらりと紙を見る。男にどけ、といわれて、愛玩犬のように傍らのソファへ腰を下ろした女が、「探屋」をじろりと眺めて値踏みした。
―よせ。お前のような女は、こちらから願い下げだ。
これもまた不必要に贅沢な万年筆が、男の名前を露にした。
「仲村…龍之介。間違いないな?」
男は、そんなことは当たり前だというように手を振った。
「で、何を探す?」
仲村は再び女をひざに乗せ、下卑た視線を女と交わしてからこちらに向きなおる。