飃の啼く…第17章-21
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飃の手が、私の肩に触れる。優しく…優しすぎるほど優しく。
「触らないで!!」
その手を振り払って、私はよろめきながら暗がりへ逃げた。血に足をとられて滑りそうになる。吐き気が襲った。
倉庫の、一番隅に身体を押し込むようにしゃがみこんだ。怖かった。何もかも。
このまま皆が、私のことなんて永遠に忘れ去ってくれれば良いと思った。誰にも気づかれず、話しかけられず、名前すらみんなの記憶から消去して、ただこの闇の中でひっそりと死んでしまいたかった。
遠くから、飃の声がする。
「傷つけ…られたのか…?」
空気すら震わせない程小さな声。私は首を振る。振る。首が痛くなるくらい。それが彼には見えないと判っていても、尚。
「あいつら…あいつら、私を『女』としてしか見てなかった…『人間』でも『敵』でも無く…『女』を…犯そうとした…。」
言葉が正しいか、文法が合っているか、それすらわからない。ただ…心のなかの混乱が、そのまま喉元で渦を巻いている。それを吐き出すだけ。
「あんなふうに見られたことなんて無かった…。私はいつだって八条さくらだったんだもの…でもあいつら、私を人形みたいに犯して、そして捨てる気だった…許せない…許せなくて…憎くて、怖くて…!!」
息が出来ない。吸うことも、吐くことも身体が拒否して、は、は、と、喉がおかしな音を立てる。
飃は私の目の前にいた。彼は片ひざを付くと、暴れる私を、そっと抱きしめた。
感触。自分の爪が骨さえ貫く感触。あまりに抵抗が無かった。あんなふうに簡単に、身体というものは死を受け入れるのだろうか……
私を呼ぶ優しい声。すっかり冷えてしまった身体を、飃は何も言わずに温めてくれる。飃の匂いと、暖かさ。それに触れられるのが、とても嬉しく…そして哀しかった。
「飃……」
私を抱いた飃の大きな手が、雲のように私を包む。そんな優しさはいらない。今だけは、もっときつく。そう懇願する。もっと抱きしめて。痛いほど、苦しいほど…私をずっとここに、縛り付けて置けるように。
「飃……!」
自分の身体から、金気臭い匂いがする。死の匂いが、この広い倉庫の全ての空気に染み付いているように思えた。そして、私の中にそれを喜んでいるものが居た。
「あの黒いの…」
飃のシャツにしがみ付く。全身全霊をこめて。
「私の中に居る黒いのを、どっかへやって…追い払って!!」
それが出来ないなら、どうか私を…
殺して ください