飃の啼く…第17章-14
「そもそも、どうして私の後をつけてたの?」
パフェもほとんど無くなったころ、とうとう「仕事」の話に行き着いた。
「えー…っと…飃さんに頼まれて…。」
少々気まずそうに、神立が言う。
「今は、飃さんと一緒に働いてるから…。」
自分でも「ふーん。」の声のトーンが低いとわかる。まあ、上司の命令は絶対だろうとは思う。上司が飃の場合はなおさら。耳をそぐなんて脅し文句を冗談にも口にする上司だ。逆らいたくないのは当然だ。
「それよ。」
私はストローから口を離して言った。
「あの人、一体何をやってるの?」
彼は、私の目を見て数秒考え込んだ。その目は澄んでいて、まっすぐで…かつて彼の目を覆っていた澱んだ狂気の気配すらなかった。
「それよりも、あなたに話しておかないことがあります、さくらさん。」
「え?」
拍子抜けした声が、人のまばらなレストランに少し大きく響いた。
「飃さんは言わないで置けって言ってたけど、僕は知っておいたほうが良いと思う。風炎が教えてくれたんです。澱みが…あなたに何をしようとし…。」
空気が凍りついたように思えた。
神立の言葉のせいではない。
どぎつい香水の臭いで体臭をごまかしたチンピラに、うしろから羽交い絞めにされたから。そして、背中に、堅くて冷たい何かが当たっていたから。
「ちょっと来てくれるか?お嬢ちゃん。」
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夜も深くなってきた。
目の前の鬼は、浅い眠りとおぼろげな目覚めの境目を千鳥足で歩みながら、寝言を繰り返していた。
6年前は、言葉を発することもままならなかった鬼は、飃の努力によって少しずつ語彙を増やしていった。その努力とは、言葉を思い出させてやること…そして、彼の欲求を満たしてやること、すなわち、犯罪者を彼の前に連れてくることだ。それも、空き巣やすりなどという小物では満足しない。第一級の犯罪・・・つまり殺人を犯し、警察の捜査をかいくぐってのうのうと生きているような犯罪者を連れてこなければならない。
彼は起きている間には、専ら指名手配犯の写真を物色する。めぼしい犯罪者を決めると、飃がそいつを探してくる。そして、この巨大な妖怪の御前に連れてきて、死よりも恐ろしい恐怖を味わわせてから警察に突き出すのだ。鬼の唯一の楽しみが、目の前ですくみ上がる犯罪者を見ることなのだ。生前の職業を考えれば、理由はわざわざ考える必要もない。
そして、そういう犯罪者にはたいてい懸賞金やら報奨金がかけられているから、飃にとっては生業として、この鬼ごっこは続いている。さくらと出会って数ヶ月は颪が彼の相手をしていたが、家に一人にしても大丈夫なくらい彼女は強くなったし、いざと言うときのために頼りになる護衛をつける余裕も出た。とはいえ、まだ少々頼りない感はあるのだが。