飃の啼く…第17章-12
肉親を奪われた痛みは、愛するものを殺された彼にとって解り過ぎるほど解る。例え、もう彼には憎しみ以外の感情が宿ることは無いと知っていても、否応無しに調伏してしまうのは嫌だった。せめて、お前の憎むべき敵は消えたと…それを伝えてやってから…
「待っていろ…」
飃は、目の前でひときわ深い息をついた赤鬼に、物憂げな視線をやった。
「必ずお前を…」
安寧のうちに
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「殺してやる!!」
テーブルの上の裸婦像が、派手な音を立てて倒れた。
「捨てられていただと!?」
つばを撒き散らして、依頼主がわめく。そのつばが自らにかからないように、探屋は一歩下がった。
「ああ。今は海の藻屑、といったところだ。」
冗談じゃねえ!と、仲村は机を叩いた。愛玩犬女は今、席を外している。今なら自由に使える両手を、この男は怒りを表現するために振り回していた。
「何キロあったと思ってんだ…ええ!?あの賞金稼ぎとやらがやったってのか!?」
威圧的な男の口調に、人間ならばすくみ上がるのだろう。だが、探屋の冷静な目は、「賞金稼ぎ」という新たな脅威の登場に対する焦りと怯えがしっかりと見えていた。
「まあ、探し物が見つからなかった代わりに、そいつの居場所くらいは教えてもいい。どうだ?これで今回の取引は終了だ。」
頭に血が上ったせいで真っ赤になった仲村の顔の真ん中に着いた矮小な目が、計算高く光った。
「料金の加算は無しだ。」
探屋はフン、と鼻で笑った。
「いいだろう。」
そして、一枚の写真を差し出した。
「この男だ。」
仲村は、写真越しに敵意を伝達させようとでもしているかのように睨み付けた。
「隣のスケは?こいつの連れか?」
探屋はにやりと笑って、付け加えた。
「そうだ。その女を使えば、男のほうは簡単に始末できる。」
事務所の扉を開け、自らの隠れ家に帰ろうとした探屋は、「その男と女は手ごわい」ということを教えてやるのを忘れていたことに気づいた。だが、そのほうが彼の“主人”にとっては都合がいい展開になるだろうということに思い当たって、我知らずフン、と笑った。