社外情事？２〜初めての合コンといきなりの告白-6
「……湊(みなと)、です」
発せられたのはたった一言。それだけで、湊と名乗った女性はすぐに俯いてしまった。
しかも彼女はほぼ前、すなわち誠司の方を向いただけ。それだけに誠司は、自分に向かって挨拶したようなものか、と妙な憶測をしてしまった。
もっとも、そんな憶測が浮かんだのもほぼ一瞬の事。一緒に浮かんできた照れくささを隠すように咳払いをして、横目で健介に視線を送った。
「さっ、全員の自己紹介終わったぞ、健介。せっかくカラオケに来てんだし、まずは歌わないと損じゃないか？」
「ん？ お、あぁ、そうだったな」
虚を突かれたような健介の声。誠司は訝しむが、直後に健介はいつも通りの口調で続けた。
「っしゃ！ それじゃまずは景気づけに一杯！」
そのまま、たっぷり注がれていた自分のビールジョッキをひっつかみ、一気に飲み干す。分量としてはジョッキの三分の一程度だが、その行動に周囲は沸く。
「わぁお！ 健介君、いきなり一気飲みだなんてすっごい！」
千奈からは驚きと称賛が絡み合った、黄色い歓声が上がる。
「み、深山先輩！ 一気飲みは危ないですって！」
一方、哲也からは制止の意思を含んだ慌て声。
「哲也に同感だな。合コンで救急車を呼ぶ羽目にはなりたくないぞ」
そして京香からは冷ややかな呆れ声。
しかし健介はどこ吹く風。「ははっ、俺は酒にはかなり強いから大丈夫だ！」などと嘯きながら、握ったジョッキをマイクに取り換えた。
「じゃ、歌い始めるぞぉっ！」
そして立ち上がると空いた手でデンモクを掴み、マイクに向かって吼える。拡声されたその叫びに便乗したのか、千奈も「おー！」と声を上げ、楽しそうな様子で拳を突き上げた。
「…ふぅ」
慣れた手つきでデンモクを操作し、早くも一曲目を歌い出す健介。それを横目にため息をつき、誠司は更に烏龍茶を口にした。
その時、ふと京香と湊の様子が目に映る。京香は自分の隣で少し居心地が悪そうにしている湊の耳元にそっと口を寄せていた。
「湊」
「ひゃっ！ きょ、京香ちゃん、何？」
びく、と身を竦ませながらも、にわかに騒がしくなってきた個室の中での声を聞きとろうと、頭をそちらへ傾ける。対して京香は、手を彼女の耳に持っていき、内緒話でもするように話し始めた。
流石にその内容は聞き取れない。もっとも、誠司は聞き耳を立てる事もしない。
耳をそばだてるのだから、あまり聞かれたくない内緒話なのは明白だ。それをわざわざ聞き取ろうとするほど、誠司自身は性格が悪いとは思っていない。
それに、ここは合コンなのだからどうせ「誰を狙うか」といった話なのだろう――一人そう納得して、誠司は追加のドリンクをどうするか考え始めた。
かくして、酒と歌を交えた宴が始まった。
健介や千奈は、ノリのいい歌をそれらしく歌い、場を盛り上げる。
京香は、怪しくもあり妖しくもある歌を艶っぽく歌い、皆の気分を狂わせる。
哲也が、健介に押しつけられた古いアニメの歌をたどたどしく歌い、宴に笑いを添える。
その脇で誠司は、健介にデンモクを差し出されたりしながらも結局歌っていない、という事実を皆に悟られないように振る舞いながら、皆が頼んでいる中で密かに頼んだサイドメニューで空腹を満たしていた。
（合コン、なんて言うから面倒くさそうかなと思ってたけど、そんな事はなかったかな）
ミートスパゲティを平らげる。
（特に面識がない人達がまざってるってだけで、要は遊んでるみたいなものだし。気分転換ってやつにはちょうどいいのかもしれないな）
口の中に残ったソースの後味を烏龍茶で流す。それなりにお腹も膨れてきたなと思いながら、誠司は無意識のうちに軽く腹をさすった。
「……あの」
と、彼に声がかかる。
どうやら湊のようだ。最初は向かい合う形で座っていた彼女だが、少し前に席替えが実施された結果、今は席が隣り合う状態となっている。
どうしたのだろうと思いながら、誠司はそちらに目を向ける。すると彼女は、テーブルの脇に置かれた紙のナプキンを取った。
そして、遠慮がちな様子で言う。
「えと……ソース、変な所に付いてますよ？」
「えっ？ ど、どこについてます？」
思わず口元に手を当てる。そしてつい指で拭ってしまうものの、そこにソースの残滓はない。さてどうしようと思っていると。
「拭いて、いいですか？ 鏡がないと、自分では拭けないと思います」
再び遠慮がちに湊が言う。対する誠司は一瞬戸惑うものの、顔にソースをつけたままという状態への恥ずかしさから、その提案に甘える事にした。
「あ、ありがとうございます。お願いできますか？」
「じゃあ……失礼します」
律儀にも断りを入れてから、彼女は手を伸ばした。拭きやすいように、と誠司も軽く顔を突き出す。
そして、す、とナプキンが、頬を滑った。