「とある日の霊能者その1」-2
朝の陽がさんさんとボクを射している。天気は快晴。ボクの気分も快晴。
高二になってからもう数ヵ月経った。今は秋、文化祭の季節。少し寒々しくなってきている。
なんとなくブレザーの袖を指でつまむ。癖だ。元々サイズがちょっと合ってなくて、手が袖から出切らない。袖口からちょこんと出た指でいろいろやっているうちに、こんな癖ができてしまった。
それにしても、いつもより早く家を出てしまったせいか、学校が近くなってもあまり学生服を見掛けない。
逆に助かるんだけどね。だって、
……おはよっすぅ!……
……おはよ!……
……今日もいい天気じゃな……
“脚のない人たち”がボクに朝の挨拶をしてくるから。ボク・水上涼香に、『幽霊』が。当然なんだろうけど、普通の人には見えない。そんな霊たちと会話してたら、傍から見れば『危ない人』として見られる。
そんな精神病院か眼科の医者を勧められる要因となりうる幽霊たちは、言うなれば地縛霊だ。なにか大きな未練があって、成仏できないでいる。その地に自ら縛られている、というわけだ。
いや、それ以前に、
「おはよ、みんな」
ボクは霊感が強い。いわゆる『見える』部類だ。生まれつき見えるんだけど、小、中と、誰にも喋ったことはない。下手に喋ると気味悪がられる、と親に言われたからだ。だからボクは高校生になった今でも、誰にも喋っていない。
そもそも、言えるわけがない。と言うか、言う必要がない。『見える』ことで多少の優越感に浸れるし、誰にも言えない悩みとかを幽霊に相談できるしで(実際に助けてもらったこともある)、『見える』ライフも悪くない。いや、最高だ。
……おはよう、涼香さん……
「おはよっ」
学校近くの狭い交差点、その角にある電柱の影から一人の少女がボクを覗き込んでいた。
彼女はタツカ。この交差点での事故で亡くなったそうだ。免許取りたての若造が、調子にノッてスピードを出しすぎて、交差点を曲がってきたタツカを避けられなく……即死。若造もその時死んだらしい。
……今日はいい天気ですね……
「そうだね」
……早く成仏したいなぁ……
「だったら未練を残さないようにしないと」
……まだ思い出せないんですよね……
そう。タツカは自分の未練が分からないのだ。本人曰く、なにかが頭の片隅にあって、それが未練じゃないか、でもどうしても思い出せない、らしいのだ。
「ボクの見解だとさぁ、タツカは車の運転手だった若造が恨めしくて、地縛霊になってんじゃないの?って思うんだけど」
霊にはよくあることだ。霊はすべて、なんらかの想いがあって地縛霊になる。例えばそれは憎悪であったり、愛情であったり、心の状態が少なからず影響している。
あいつが憎い。殺したいほど憎い。
あの人が好きだ。守りたい。
それぞれ想うところはある。なにも思い残すことがない、そんな霊から成仏していく。逆に、想いすぎて成仏できないケースも少なくない。
……そうなのでしょうかねぇ……
「呑気ねぇ……」
……今の生活、それなりに気に入ってますし……
「そ。ま、そういう考え方もあり、か」
……えへへ……
照れ隠しのつもりなのか、タツカは舌をぺろっと出し、髪を軽く掻き上げ、笑っている。 初めて逢った時から変わらない、タツカの癖。こんな仕草をしたら、だいたいが照れ隠しだ。きっと生前は、明るい子だったんだろう。
早く成仏できるといい、心からそう思う。そしてあの世で若造に逢ったりして……なんて日々を暮らすのも、ありなんじゃないかな。いつまでも現世に執着していても仕方ないと思うし。……何度も言ったっけ、この台詞。さすがに言わないでおこう。
……涼香さん……
「ん?」
……さっきから鳴ってるの、予鈴じゃないですか?……
「そんなわけないよ?だって今日は早く出てきて……」
時計を確認する。……予想以上に長く話し込んでいたらしい。それに、このさっきから鳴り響いているの、朝のホームルーム開始五分前を告げる予鈴だ。
「やっば……」
……行ってらっしゃい……
「うん!また帰りにね!」
急がなきゃ。て言うか、急がなきゃ。
ボクは陸上部顔負けの疾走で、教室に向かった。