Whirlwind-11
20年以上生きてきた中で俺の人生を構築していたものが、いとも簡単に崩れ去る。消し去ろうと思っていたものが掘り起こされ、それを生きがいにしろなどと、初めて会った女に指図され、そしてその女がたまらなく魅力的で…そう。これだけは解っている。
この女が、俺にこんなことをさせると言うことだけは。
でも、彼女が口を開いて…二人の舌がためらいがちに結びついた時に、そんな能書きはビールの泡より跡形も無く消え去った。
溺れかけているみたいに、手がかりを求めて女の腕が俺の背中をさまよう。その手が一インチ動くたび、俺はもっと強く彼女を引き寄せた。世界の全ての意味は音も立てずに崩れて、真っ暗闇の中で俺たちはひたすらキスを交わした。セックスよりも濃厚で、一夜を共にするより親密なキスだった。
彼女の頬に触れた時、冷たいものがあった。目を開くと、彼女は泣いていた。
自然に俺は一歩下がって、彼女は何かから身を守るように、腕を胸の前で堅く交差させた。
「だめ…。」
彼女は、弱弱しく言った。
「だめ。」
そして、きっぱりと。彼女は首を横に振り続けた。俺は彼女に触れることも出来ないまま、肩で息をして玄関に突っ立っていた。
最後に彼女は小さな声で、
「もし、来る気になったら…明日の18時に、ヒースロー空港の第一ターミナルに…来て。」
それは、懇願だったのか。声には明らかに諦めの響きがあった。けれど、彼女にそれを言わせたのは…
言わせたのは、なんだったのだろう。
「ちっ…。」
月が出てきた。
今から薬を飲んでも、どうせ効き始めるのは3時間後…。俺はため息をついて、服を脱ぎ散らかして全裸になる。さっきのキスの名残が、まだ下半身を波立たせていたが、いまから自慰を始めるのも始末が悪い。自慰などより、今から始まるものの方が…快感を得るという点では勝っている。
カーテンと窓を全開にして、月の光の侵入を許す。あんなに曇っていた空が、嘘のように晴れ渡っていた。ベッドの横になり…月光が自分の体を愛撫するのを感じる。そのうちに…肌が粟立つような不快感が足元から上ってくる。次いで、この世で一番細い針が皮膚の内側から外に向かって突き出すような痛み…筋肉が無理やりに形を変え、骨がそれにしたがって、熱せられた金属のように簡単に伸びて…そして縮む。
「おぉおおおおぉぉ…」
口を付いて出る声は醜くしわがれて、意味を成す言葉も見つからない。視界が不意に曇り、色を失ってゆく。代わりに、驚くほどクリアな音の群れが耳を満たして、周りにあるものの全ての情報が嗅覚を通じて伝えられる。
体を起こせるようになると、すぐさま床に下りて伸びをする。ぶるぶると体を震わせると、洗濯し終わったばかりのお気に入りのコートを着たような気分になった。
開け放った窓から、夜が支配する町へ出る。いや、今支配しているのは夜じゃない…俺自身だ。