地図にない景色・2-1
人を見かけで判断してはいけない。
たとえそいつがボサボサ頭、分厚いレンズの黒縁眼鏡。
造りがいい割にファッションセンスの“ファ”の字も顧みない格好を平然とする、良くいえば個性的、悪くいえば時代遅れの偏屈者で、コンビニ巡りという一風変わった趣味を持ち、暇さえ見つければ雑誌コーナーで多種多様な本を読み耽っているような乱読家であったとしても……、
「はい?……今、なんて言ったの?」
「だから、俺は……」
そいつの職業がなんであるかは、本人の口から聞いてみるまでわからないものなの
だから――。
「刑事だって言ったの」
六月の終わり。日曜日の暢気な昼下がり。
たまたま待ち合わせ場所に選んだ喫茶店の看板メニュー『ミートボールスパゲティー』を掻き込みながら、そいつ――篠北光司は恥ずかしげもなく言ってのけた。
まあ、本人にしてみれば当たり前のことを当たり前のように答えただけなのだからそれはそうなのだろうけど……。
しかし、どうでもいいが仮にも喫茶店の一押しメニューがスパゲティーってのはどうなのよ?
しかも、ミートボールが入っただけの何の芸もないスパゲティーだ。
普通、模範的喫茶店というのはこういう商品を表立って薦めたりはしないものである。
なにせ、丹精籠めて煎れたコーヒーや紅茶も、それらと並ぶと途端に脇役に追いやられてしまうのだから。
せいぜい一緒にとるとしても、トーストやサンドイッチ、ケーキなどの主役の顔を潰さない軽食類まで。
そんなこだわりをもつあたし――佐伯聖としてはその時点で、
「ご注文は?」と聞かれても、
「コーラで……」としか答えようがなかったりしたのだった。
もう二度とこの店には来るまい。
「それって、何かの冗談?」
注文したはずのものよりも氷の方が多いのではないかというコーラを啜りながら、あたしは言った。
光司(こう呼ぶようにと彼に言われた)はといえば残しておいたミートボールにフォークを突き立て、訝しそうに顔を歪める。変なとこで器用なことをする奴だ。
「なんで?」
「見えないから」
ズバリ、速答である。
「そう?」
「うん。どうみても、うだつの上がらない三流大学生か金欠オタク専門生って感じ」
というか、絶対そうだろうとあたしは思っていた。
「ははっ。ひどい言われよう」
ポイッと肉の塊を口に放り込み、光司は言った。
「だって普通、刑事っていったら、仕立てのいいスーツをピシッと着こなして、髪なんかもいかつい角刈りでさ。ガタイなんかもよくて、はきはき動いて喋って。……あ
んたとは真逆なイメージじゃん」
「ずいぶんと偏ったイメージだね。でも、どんなものにだって、例外はあるものでしょ?」
「それは、そうだろうけど……」
まだ納得しきれないあたしはそう言って、ストローに口をつけた。
いや、正直にいえば納得したくなかったのだ。
以前、クラスの男子が語気も荒く、こんなことを言ったことがある。
「あいつらマッポは俺たち学生の敵だ。こっちが法定速度を守って原チャを転がしていても、制服姿とみると問答無用に止めやがる。
そのくせ、言われるままに免許書を出すと、当てが外れたみたいな顔してぞんざいに追い払うんだ。ホント、ヤな奴ばかりだね」
その意見にあたしも大いに賛同したのだった。
というのもあたしも以前、あらぬ疑いをかけられ一時間ばかしの職務質問を受けたことがあるからだ。
おかげで約束の時間に大幅に遅れ、楽しみにしていた映画を観ることができなかった上に、不可抗力とはいえ待ち惚けを喰わせる形となってしまった恵美には、その後こっぴどく叱られるというおまけまでついたのだ。
それ以来、敵とは言わないまでも苦手意識みたいなものがあたしにはある。
そんな自分が、高校生にしてようやく初恋らしい感情を抱いた相手が、よりによって刑事。
実はそれでも、前々から薄々感づくところはあったのだった。
あたしの万引きを見破った時の洞察力。
サッカー少女の短所を一発で見抜いた観察力。
そして、現役高校生にも負けない運動能力。
どう素人目からみても、そこらのなあなあ大学生やオタク専門生と同じであるはずがない。
それでも敢えて気付かないように、いや、気付いていないフリをしたのは、一重に、彼が国家権力独特の匂いみたいなものを放っていなかったからに他ならない。
それなのに、
(いったい、どういった因果だか……)
もはや、コーラか水かわからなくなった液体を流し込みながら、あたしは一人ボヤいたのだった。