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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色-8

 いったい、これはなんだろう?
 いったい、あたしの中で何が起こったというんだ。 でも、その答えを出すには全然、時間が足りなかった。
「さて、本当にそろそろ時間がないな」
公園のほぼ中央、高さ4メートル程の時計台を見上げながら、男が言った。
「君も早く家に帰った方がいい。この時期、高校生は中間試験でしょ?」
頼みもしないのに、有り難いお言葉。
知らず知らず、むっとくるのは、あたしの去年の成績が芳しくないためか。
「うるさいわね」
「口の悪い娘だね、君は。女の子はもう少し、お淑やかな方が好まれるよ?」
「それって、男女差別」
「年長者からの忠告と言ってくれる?」
「爺臭い」
「…それもよく言われる言葉だね」
と、ため息混じりに言ってから、
「それじゃあ、俺はもう行くよ。君も気をつけて帰るんだよ」
まるで小さい子供を心配するような言葉を残して、彼は行ってしまう。
その背が生垣で見えるか見えないかくらいになって、あたしは立ち上がり、叫んだ。
「あたし、佐伯聖!あんたは?」
男は振り返り、
「篠北光司(しのきたこうじ)。またね、アキラ」
今度こそ、あたしの視界からその姿を消した。
 途端、訪れた淋しさに、あたしは馬鹿みたいに、何度も、何度も彼の名前を呟いたのだった。
 まるであたしの心に、その名前を刻み付けるかのように…。
どれくらいそうしていたのだろうか。
あたしはふと気が付いた。
「名前しか教えないで、どうやってまた会うつもりなのよ…」
あたしのそんな呟きは、夕闇のなかに溶けて消えたのだった。


その後、うちに帰ったあたしはビニール袋の中、一枚のレシートを見つけたのでした。
ツルツル、滑らかすぎるその紙の裏には、携帯電話の番号と、几帳面な字で書かれた、彼の名前。
そして、
『目は口ほどにものを言う。慣れない悪さはしないことだね』
というコメント書き。
淡い笑み。袋から一つ摘んで、噛ってみる。
「…甘い」
窓の向こうには欠けるところのない見事な満月。
どうやら明日からは、少し違った景色が、あたしを迎えてくれるに違いない。

END


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