BUCHE DE NOEL-12
「雪兎くん、かい?」
顔をあげると、まりあの兄です、と彼は言った。
「ここで、一緒に待ってくれるかい?」
俺は無言だが、はっきりうなづく。お兄さんは、ゆっくり、苦しげな笑みを浮かべた。
「まりあからいろいろ聞いてるよ。私が見舞いに行かない間、お世話になったみたいで」
彼は俺のとなりに腰かけた。うつ向く俺は、言葉がなかなかでてこない。
「ほんとに申し訳…」
「謝らないでくれないか」
やっと出た言葉をお兄さんはさえぎった。
「今日出かけることをあんなに楽しみにしていろいろ準備して…幸せそうに車から降りていったんだ。…今回のことはきっと大丈夫だ。大丈夫。」
まるで自分に言い聞かせているかのようだった。お兄さんの優しさが、返って、責められない自分の心に突き刺さった。
何時間経っただろう。ばんとオペ室のドアが開いた時には、外は明るくなり始めていた。
「安心してください。意識が戻ればもう大丈夫でしょう」
安堵のため息が三人に漏れた。へなへなと力が抜けそうになった。
「ただ…脊髄が損傷していまして…
車椅子は手放せなくなります…」
俺は医師の言葉に息を飲んだ。車椅子?脊髄損傷?
カラカラと彼女は病室へと運ばれていく。重々しい機械をたくさんつけて。
俺は彼女の目がさめるまで、ずっとそばにいた。点滴が終りかけるとナースコールで看護婦を呼んで、彼女が苦しそうな表情になれば額をなでた。
「君がついてやってくれ」
お兄さんは俺にそういった。アヤノさんも横でうなづいていた。妹をこんな目に合わせた俺に、目覚めたときに君がいるのが一番だろうと、待合室へと消えていった。
本当は気付いていたんだ。
まりあを真剣に好きになり始めていたことを。
俺はずっと怖かった。だから逃げていた。
君に“重い”と言われて捨てられることから。
「ん…」
「まりあ!?」
「ゆき…と…」
苦しげな呼吸で俺の名前を呼んだ。俺はとっさに二人を呼ぼうと立ち上がると、行かないで、とささやくような声で彼女は言った。
「ずっとそばにいてくれたんだね…ありがと…」
俺は泣きそうになる。お礼なんか言ってもらう立場じゃねぇんだ…。
「ごめんね雪兎…」
「……?」
俺は首をかしげる。まりあは俺を真剣に見つめる。
「ブッシュ・ド・ノエル、渡せなくてごめんね…食べたいって、言って話したのにね…」
またつくるから許して、とふんわり笑う彼女。俺の胸は張りさけそうになる。あんなさりげない会話なのに、こんなにしっかり約束を守ろうとして。