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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-3--1

「……あ、」
 先生がこの部屋に入ってきた途端、先生は倒れた。……何故? 何がいけなかった?
「あ、お、おか、」
 慈愛は混乱する。何故倒れているのか、何故倒れたのか、分からない。
 ――そう、私はちゃんと“片付けた”。母の普段はしないノックの音と、母の言葉から、私はちゃんと、“お勉強の道具”は片付けた。

 ――何がいけなかった?

「慈愛」
 母の呼びかけに、感情はなかった。
 慈愛はただ、その声に硬直する。
「………っあ、違」
 何が違うのか、何を否定しているのか、自分でも分からなかった。
 母は、そんな慈愛の動揺を、混乱を、
「先生の持ち物と私のケータイ持ってきて」
 ――一切を無視し、ただ事務的に事態の処理にかかっていく。
「早く」
「……! はい!」
 先生が何故倒れたのか、よく分からない。でも、母は慌てていなかった。大丈夫。だから、大丈夫だ。
 慈愛にとって母はあらゆる意味で絶望的なまでに絶大にして絶対の存在だ。それは想定外の事態に遭った今、より顕著に、根拠のない無条件の信頼として、思考の停止を呼んだ。
 慈愛は自身のその反応を、『安堵』だと信じている。
「え、あ、っと」
 リビングに戻り、先生のカバンを見つけ、その場にあったケータイを掴み、全速力で『勉強部屋』に戻った。母は先生のネクタイを緩め、背広を脱がせている。
「先生、持病持ってるとか聞いたことない?」
「な、ないよー」
「そう」
 母が先生のカバンを探る。そんなことをしていいの、と慈愛は訊いていいか迷ったが、母の行動に淀みがないので完全に任せた。
「…………」
 目当てのものがなかったのか、カバンを探ることを止めてケータイに手を伸ばす。だが母の眉が少しあがり、その反応に慈愛は怖くなった。
「これ、慈愛のだけど」
「あ」
 ――怒られる、そう思った。
「ご、ごめ、違、……と、とってくる」
「もういいわ。あなたはじっとしてて」
 けれど母は娘に完全に見切りをつけ、慈愛の存在すらも無視した。間違って持ってきた慈愛のケータイで誰かに電話をかけていく。
「もしもし? 私。……どうでもいいでしょそんなこと。今自宅にいるんだけど、すぐ来れる? そう、ちょっと急病人が出て――」
「…………」
 母は慈愛を見ていない。
 世界に見捨てられた、そんな気がした。


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