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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-2--7

 廊下も白を基調としていて、天井が高くゆったりとした生活空間を形成している。しかしやはり、この空間は葉月の落ち着きをなくすようなものだった。自分でも理由が分からないが、しかしもう帰るのだから気にする必要もない。
「ここです」
 ドアは普通の特筆するような類のものではない。なのに。
 ――予感めいたものがある。嫌な予感。違う、嫌な記憶。違う、自分はここに来たことない、違う、似たようなところに昔いた。似たようなところ? それはどこだ?
 トントン、と二回ノックする。
「慈愛、先生がお勉強するところ見てみたいって。今大丈夫?」
 ちょ、ちょっと待ってーと神栖の声が耳に聞こえる。しかし、届かない。耳鳴りがする。現実感が薄れていく。
 いいですよーと返事が返ってきた。それは聞こえた。届かない。
「どうぞ、先生」
 微笑みを浮かべて、神栖の母親はこの部屋に葉月を招き入れる。
「や、あ、ちょっと、神栖が勉強してるか、見てみようかと」
 ――声が、途切れ途切れになる。この部屋には勉強机と本棚とパソコン、何の変哲もない学習に必要なものがあるだけだ。整理されていて、おかしなものは何もない。
 だけど。だけど。この空気は。この、濃密に漂う狂気に似たものは。

 ――真司……

「先生?」
 生きていた頃の葉月の母と自分が、目の前の親子と被る。

 ――ねえ、真司……

 分かった。この家が、この部屋が、何に似ているのか。何に怯えていたのか。
 この白い気配は、病院のソレに似ている。
「先生、どうしました?」
 神栖の目は、あの頃の自分に似ている。そしてこの母親は、自分の母親に似ている。
 そう。
 いつも母が手首を切り傷つくのを黙ってみることしか出来なかった自分と、自らの手首を切りつけ葉月にも死を迫り、葉月を遺して逝ったあの母に。
「先生!?」
 どっちがどっちの声か、分からない。理解らない。
 胸がどうしようもないほどに高鳴り、痛くなっていた。
 空気を吸おうとするが、しかしそのたびにこの気配も吸い込んでしまい、余計に酷くなっていく。
 まさか、と、葉月真司はようやく今になって気付いた。拒絶していた事実に。拒絶していた記憶に。
 子供を傷つけている“誰か”が、他ならぬ母親である可能性に。

 ――母さんと一緒に、死のう?

 葉月真司は声にならない絶叫を上げ、そして世界は揺らいだ。


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