コンフリクト T-8
「どいつもこいつも分かってねぇな……事の重大さ」
東と西の全面戦争。街を巻き込んで血が流れる事は明らかだった。その矢面に自分達が立たされるというのに、この危機感のなさ。おまけに、傘下の高校を率い上に立たねばならない者達が、だ。飯田は、頭を抱えざるを得なかった。
「気負う事ねーって、斎」
ソファに寝転びながら、苛立つ飯田を窘める翔。眠そうに目を閉じながら、翔は続ける。
「向かって来るモノがあるなら、ボクらはどうして来た?」
翔の問い掛けに、飯田はハッとしたように目を見開いた。そして、思い出したように小さく笑う。
「叩き伏せるまで、ですね」
そうだ。不安のない人間など居ない。根拠のない安心を手に入れたいが為に、若い自分達は拳を奮うのだ。それが唯一出来る事であり、今しか出来ない事なのだ。つまらない事情や配慮は必要ない。
小さく華奢な女の身で、猛者揃いの白嵐にしてトップの座に立つ翔。その抱える不安たるや、他とは比較になるまい。
しかし彼女が取るのは、誇らしいばかりにどこまでも前向きで強気な態度。そのひたむきさと儚さが、飯田達を惹き付けて止まなかった。
飯田は、らしさを失っていた自分を恥じ、根拠のない自信に身を委ねる事にした。
「さて、解散ですかね」
飯田が形にならなかった話し合いを切り上げようとした、その時。
「来た! 西の奴らが来やがったぁ!」
「んだテメェら! 坂巻工か?!」
飛び込んでくる声。グラウンドの方が騒がしい。聞き捨てならぬ名を聞き、飯田は窓へ駆け寄りグラウンドを凝視する。
「あれは……」
「わはっ、さすが坂巻工。いきなり五強よこして来やがった」
飯田、そして小林の目が捉えたのは、優に30人は居るであろう坂巻工の生徒。とは言え30人如きでは何の脅威にもならないが、それを引き連れて来た人間が問題だった。
白嵐の幹部と並ぶように、坂巻工に存在する5人の猛者。それが五強である。そのうちの1人が、白嵐に乗り込んできたのだ。
部下達を背中に、ズボンの両ポケットに手を入れながら佇む男。
立ち上げた黒い短髪、一点を見つめる鋭い目、絆創膏だらけの顔、タンクトップから覗く浅黒い逞しく鍛えられた双腕、建物を介しても分かる獣さながらの闘気。それら全てが、只者でない事を如実に物語る。
今は只、男は静かに爪を研ぐかのように獲物を待ち伏せる。
「闘犬、犬山真代か……」
“闘犬”こと、犬山真代。飯田が呟いたそれが、男の名である。その勇猛な闘い振りと、時に相手の耳を食い千切る気性の荒さから、闘犬の名で知られる五強の一角だ。
喧嘩で名を売る者なら、誰しもが犬山の強さを認めている。それ程の実力者であり、白嵐でさえ、まともに刃を交える事が出来るのは幹部クラスに限られる。