コンフリクト T-6
「だったら……どうする……?」
激突を覚悟し、飯田は応じる構えを見せる。
しかし、闘気こそ感じられるが、谷口からは全くと言って良い程、殺気が発せられていなかった。飯田は、心の中で首を傾げる。
谷口は、飯田の疑問を払拭するかのように、呟いた。
「抗争だ……」
その言葉は、飯田の耳に警鐘の如く響き渡る。
「頭に伝えろや。西と東、全面戦争だってな」
谷口は、怒りに燃える目で翔と飯田を射抜き、戦乱の幕開けを告げる。長きに渡る檻の中での睨み合い、そこから解き放たれた野獣は、目の前の敵を残らず食い尽くさんばかりに吠え猛る。
「それは……宣戦布告と受け取って良いのか?」
飯田は努めて平静を装い、聞かずとも知れた言葉を待つ。
「とっとと頭んとこ伝えに走れ。坂巻工の谷口が、テメェの首奪りに行くってな」
谷口の口から、はっきりと言い放たれた宣戦布告。それを聞くや、飯田の表情は穏やかなものへと変わる。爽快さすら感じる程の。
その異様さに、谷口が眉を潜める。
「聞きましたか? 西の宣戦布告」
「聞いたー」
尋ねる飯田の後ろから、ひょこっと顔を出して答える翔。
小馬鹿にしたようなやり取りに、谷口は食い掛からんばかりに声を荒げる。
「テメェらが聞いた所で意味ねぇんだよ! さっさと頭に……」
「だから」
谷口の声を遮り、飯田が、核心へと触れる。
「今、伝えたよ。白嵐の織戸翔に」
「な、に……?」
谷口の目が、飯田の後ろで舌を出す翔の姿を捉える。小動物のように円らな瞳を向ける、学ラン姿の少女を。
「まさか、お前っ……」
谷口は動揺を隠せない。信じ難い事実が、そこに迫る。
飯田は、谷口の中に生まれた動揺と疑問を、終着点へと向かわせる。
「この方こそ、我が東軍、白嵐がトップ、織戸翔その人だ」
織戸翔。彼女こそ、この街最強の勢力の1つ、東軍を率いる白嵐高校のトップ。
織戸の名を、この街で知らぬ者は居ない。しかし、その素性について謎が多い事でも知られていた。
名はあれど姿なきと、織戸翔は噂の一人歩きではないかと思われていた程だ。
西軍トップの彼、谷口ですらがそうであるように。
「なっ、テメェが東の頭……織戸……」
「織戸?! あの、自販機をブン投げるっていう……」
「コンクリート壁に拳で穴を開けたっていう……」
「2メートルの熊を蹴り殺したっていう……」
驚きと共に、次々と飛び出す明らかに尾鰭のついた織戸翔の武勇伝。事実は1つもないが、翔は敢えて黙っておく。
谷口は愕然としていたが、やがて乾いた笑い声を出しながら翔達に背を向ける。