コンフリクト T-5
「アンタもママライオンに教えてもらったら? 煙草は灰皿に捨てましょうね〜って! 煙草と一緒に良心も捨てちゃいまちたかぁ〜?」
飯田が踏み込むより疾く、谷口が翔の胸倉を掴んで持ち上げる。
小柄な翔とは言え、片手で人間を持ち上げる谷口のパワーに、驚きを隠せない飯田だったが、彼以上に驚愕していた者が居た。
谷口である。
「ひゃっ……」
悲鳴にも似た、小さな声を漏らす翔。一方、突然固まり、鯉のように口をパクパクさせる谷口。
不可解な事態に困惑するヒロ達と飯田。しかし、飯田は、すぐにハッとしたような表情を見せる。
シャツ越しに谷口の手に触れた感触。
それは、男の硬い胸板ではない。男が持っている筈のない、柔らかな2つの膨らみ。どこまでも柔らかく、しかし確かに感じられる押し返すような弾力。
これは何か?答えは1つしかない。
「ん……な……」
「た、谷口さん?」
誰の目にも明らかな程動揺している谷口に、ヒロが恐る恐る声を掛ける。次の瞬間、谷口はその答えを叫んだ。
「女ぁー?!」
「「「はぁー?!」」」
女。谷口の言葉に驚愕するヒロ達。飯田は眉間に指先を当て、しまったとばかりに顔をしかめる。
よくよく見れば分かりそうなものであった。
華奢な体躯、不自然に綺麗なソプラノ、言われれば女の子にしか見えない可憐な顔立ち……明らかに男のそれとは違う。
翔は女だったのだ。
「いい加減離せよっ! このスケベ野郎ー!」
顔を真っ赤にした翔は、地に足が着かないまま、叫ぶと同時に反射的にアッパーカットを繰り出した。狙い澄ました1発は、回避する意志もない谷口の顎を的確に掠め、脳を揺さぶった。
「なっ……?」
足元から這い上がって来るような痺れが全身を走り、谷口は足がなくなったかのような感覚に、ガクンと膝を着く。
翔の胸倉を掴んでいた手も緊張を失い、翔はそれを振り解いて谷口から距離を取る。
「頭っ!」
飯田は、翔を後ろに庇うように谷口との間に割り込む。
当の谷口は、翔の胸に触れていた小刻みに震える手を見つめつつ、歯軋りをしている。まだ四肢に力が入らないのか、膝を着いたままだ。
「効いたかよっ、ライオンちゃんっ」
飯田を盾に、半分隠れつつ谷口に口撃を浴びせる翔。宥める飯田をよそに収まらぬ罵詈雑言の嵐に、谷口は鬼の形相で立ち上がる。
「もう、退けねーぞ……」
憤怒の化身となった谷口から、一層強力な闘気が叩き付けられる。触れるもの全てを焼き尽くす炎。それを纏っているかの如く、谷口の周りの空間が歪んで見えた。