飃の啼く…第15章-16
今朝、飃の母、雪解(ゆきげ)が…亡くなった。
「かあさん?…母さん!!」
飃の悲痛な叫びで、目が覚めた。まだ確かに暖かい布団。しかし、もう彼女から言葉が、眼差しが返ってくることは無い。
眠っているようにしか見えない彼女の表情は穏やかだった。
それでも…足元ががくがくと震える。握り閉めた拳に雫を感じて始めて、自分が泣いていたことに気づいた。そう。彼女はもう目を覚まさない。
座敷に横たわる母の姿。彼はそんな母に抱きついて、悲痛な、悲痛な声で、泣いていた。
「…なんでだよお、母さん…よくなるって言ったじゃないかあ…母さん…!」
ひとしきり泣いた後、彼は火がついたように駆け出した。家の周りに集まり始めた近所の狗族たちの中に、あのいじめっ子の声を聞いたのだ。
「お前が母さんを殺したんだ!」
くんずほぐれつしながら、狼に変化したり、人間の姿に変わったりして、地面の上を転げ回る。
「お前が母さんをいじめたから!お前が…!」
弔問客の対応に忙しい父は、それを見ているだけで止めには入れなかった。
私は、そんな二人のところに駆けていった。
「飃!!」
私の厳しい声に、飃は上げていた拳を、ゆっくりと下ろす。それを見ていた子供が
「へん!今度は人間を連れ込んだのかよ!だからお前の家はおかしいんだ!」
と言った。また殴りかかろうとする飃の肩をぎゅっと抑えて、私はその子の目を見返した。数秒も掛からなかったかもしれない。その子は恐れをなしたように、すごすごと父親の元に戻っていった。
「こうやってやるんだよ、飃。ね、姉ちゃんと約束しよ。母さんが居なくったって、一人前の男になれるよね?お父さんや弟を守れるような、強い男になれるよね?」
涙と泥でぐちゃぐちゃになった飃は、拳で目をごしごし擦って、私の手をすり抜けて走っていってしまった。
「あ…待って!」
今一人になったら危ないのよ!