The Hint Of The Storm-3
「ふふふ…」
聞き覚えのある声に、がばっと身を起こす。
目の前に、おにぎりと、竹の水筒に入れたお味噌汁を持った若葉がいた。
「わ、若葉…。」
「おかあさんがこれ!渡してきなさいって!」
そう言って、またにこっと笑う。何だか気恥ずかしくて、もごもごとお礼を言う。
何を恥ずかしがっているんだろう?おなかが減ってること?でも、何だか違う。おかしいのは、この子の笑顔。
おにぎりを食べ終えると、若葉が言った。
「おにぎり、どうだった?」
なぜか期待に満ちた目。
「え?お、おいしかったよ…。」
「やったぁ!」
そう、これ、この笑顔。どうしてこんなに僕の心臓を鳴らすんだ?
「それね、私が作ったんだ!おにぎりじゃえばれないけど…こんどお味噌汁も教えてもらうから、そしたら味見してよね!ナナ!」
「うん…。」
「こんなに一生懸命、何をやってるの?」
僕は木の枝を指差した。
「あれの先を切り落とすんだ。」
若葉の大きな目が、僕の指の先を追う。
「ふうん。」
僕は枝を見ずに、若葉の顔を、―こんな時にふさわしい言葉ってなんだろう―見て…いや、見つめていた?それとも…
「ん?なになに?なんか付いてる?」
若葉はそれに気づいて、顔に手をやる。ちょっと恥ずかしそうに僕を見る瞳の中に、月が浮かんでいて…僕は思わず…見とれていた。
「ほどほどにしないと、風邪ひくよ!」
そう言って、彼女は手をふりながら帰っていった。
この村の夜は、信じられないほど静かだ。自分の耳が聞こえなくなったんじゃないかと思うくらい。でも、時折吹く風に揺れる草の音や、空気を震わすような蛙の歌声が、杞憂であることを証明している。
僕はめったに喜ばない。喜びという感情は、ほかのいろんなものと一緒にあいつに取り上げられてしまった。何かを「うれしい」と思うときの、あのなんとも言えない心地よい感じは、この村に来て初めて知ったものだ。
でも、何故?
何故僕は今「うれしい」んだろう。
空腹が満たされたから?あの子が笑ってくれたから?それとも、こんな風に気持ちのいい夜だからだろうか。
深いため息をつく。
わかるもんか。
少なくとも、この村にはあいつはいない。