飃の啼く…第13章-1
【その不思議な若者は、何の後ろ盾もなしに、修験の山の門をたたいた。
そこは、霧深い山の奥。この国の言葉で中国と呼ばれる国の、ほとんど誰も足を踏み入れたことの無い山脈に連なる修行の場。最後まで修行を終えて、生きて帰る者の方が稀だ。それでも門を叩くものの後は絶たない。
一目見て、その若者が尋常ではないとわかった。襤褸をまとって、足を引きずりながら現れた彼は、まっすぐに師父のもとへ向かった。
彼は、名のある武家の跡取りが、武勲を立てるために己を鍛えるとか、破魔の術を身に着けてバケモノ退治で生計を立てようとか、そういうありきたりな理由で門を叩いたのではなかった。そこにいた誰も似聞こえるような声で
「復讐を。」
そう言った。
師父は黙ってうなずき、その若者は師父の弟子となった。
その若者は天才だった。
普通の人間なら、5分で音を上げる針山渡りに5日も明け暮れ、虎を素手で絞め殺し、梟と会話した。たった10年で、その若者は、山の誰よりも強くなっていた。
彼に聞いてみた。
誰に対する復讐なのだ、と。
彼は答えた。
闇だ。
そんなことを言う彼の方こそ闇らしかった。漆黒の髪、うつむいた時に、そこからのぞく金色の目は、同じ夜に月と太陽を見るようで…そう、いつの間にか惹かれていた。
珍しいことではなかった。男ばかりの修行の場。年頃の生徒たちは、女の味を覚えるより早く、同室の男同士で、愛を交わすことを覚えたものだ。
ある夜、彼の部屋の戸を叩いて、誘った。
彼は、あの金色の目を嫌悪と怒りで燃やして、こういった。
「聞かなかったことにしよう。」
次の日、彼は最後の試練に向かった。】
『 あと 5 匹 』