飃の啼く…第13章-13
目を覚ますと、私の額には濡れたタオルが乗せてあって、傍らには床に座り込んだまま眠りこける飃の姿。しかも半裸。
昨日の夢のせいもあって、すこしどぎまぎするけど(それにこのタオルは一体…?)…朝日の中で見る彼の姿に…欲情とかは感じなかった。
見るたびに微笑んでしまう、思い出の写真のよう。ただただ愛おしい。でも、写真の中の思い出とは違って、彼には触れられる。彼の声を聞くことが出来る。彼を微笑ませ、時に優しさで包んであげることも。
愛って…
ベッドの中で起き上がれずに、彼を見つめて思った。
愛って、こういうことなのかもしれない。
身体のつながりとか、容姿とか。そういうものは関係なくて、ただ彼の隣にいて、何かをしてあげられる、彼にとって意味のある存在であり続けることが、こんなに幸せ…そう思える。
それが…私にとっての、愛なのかもしれない。
「ありがと…飃…」
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【真夜中、人があわただしくどこかへ向かう音がする。急いで起きてその群れに加わると、彼がいた。牙持つ人面の、奇怪なバケモノの巨大な首を引きずって。
そして彼は、完全に我を失っていた。激しい戦いの末、己の中に潜む野獣を解き放ってしまったらしい。近くにいるものには、見境なく向かっていった。そのあまりの迫力に、止めようとするものすらいない。
彼が師父に向かっていく。すると師父は、自分がはめていた8つの腕輪に術を込め、飃に投げつけた。腕輪は、逆立つ彼の髪の毛を縛り、小さなガラス玉になってぶら下がった。
彼はそこでようやく自分を取り戻し、にこりともせずに、師父に檮杌の首を差し出した。奇妙なことに、檮杌の右目には、大きな傷跡があった。喰われるものの恐怖に歪む顔を楽しみながら獲物を食らうという檮杌の、あれが最後の姿なのだろうと、その時の私はぼんやり思ったものだった。今となっては、それが誰の顔なのか、なぜ彼の正気を奪ったのか…判りすぎるほど判る。
師父は、弟子の一人に命じて、彼の部屋から一振りの剣を持ってこさせた。それは噂に聞く宝剣。破魔の力を持ち、振るうものに勝利を約束するという伝説の名剣だ。
彼は、その剣を手に取り、月の光にかざしてしばらく見つめると、師父に礼をし、そのまま立ち去った。
…若者の名は飃といった。】
「ちっ…蠱毒は敗れたか…。」
そうまでして、その娘を守ろうというのだな…それでは…私に残された道は…もう一つしかないようだ…
「静音…あの二人を、連れて来い。」