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蝉の鳴くこの街で
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蝉の鳴くこの街で-3

 外の並木道に西陽が差し込む。伸びる影は、細い。
少し風が強かった。心地好く感じられるはずの風は、なんだかとても冷たく感じた。
木々がざわめき、揺れた葉が、落ちる。
 夕方は、黄昏。
こんなにも物哀しい時間帯だっただろうか。私は病院を見上げた。3階の角部屋の窓が西陽に照らされていた。
 誰そ彼。
そこにいるのは一緒に街を駆け回った、私達の大切な友達だ。
あの日々と同じように遊ぶことができなくなったとしても、変わらずにそれは大切で。
 蝉は朝と変わらずにうるさく鳴いていた。
強い風が吹いても陽が落ちても、それでも蝉は鳴いていた。
 一度風が強く吹いた後、和也は急に立ち止まり呟いた。
「可南子。提案がある」
ひどく落ち着いた声だった。
和也が大事な話をする時の声だ。
「なに?」
 切れ長の鋭い目が私を見つめる。亮介のそれとは違い、真剣な時の和也の目は有無を言わさぬ迫力がある。
 じいいいいい、と蝉の鳴き声が途切れたと同時に、和也は口を開いた。
「もう一度、あの時を取り戻そう」



「こちら東側入り口前、ドーゾ」
「こちら三階踊り場前、ドーゾ」
 身を低くして辺りを伺う。人通りは少ない。
「迅速に動くべし、ドーゾ」
壁に背をつけ、忍び足で移動。緊張が走る。携帯電話を握る手にも思わず力が込もってしまう。
 階段から、ささっと現れる影が二つ。
私は二人の姿を確認すると電話を切り、小さく手招きをした。なるべく動作を小さめに、とは和也からの指示だ。
 足早に移動してきた亮介と和也に確認を取る。
「…見られてないわね?」
「あぁ、もちろんだ」
生唾をごくり、と呑み込む音が鳴った。自分の呼吸音がいつもより大きく聞こえるのは気のせいだろうか。
「…少し落ち着け、冷静になれ可南子」
「わかってるわよ」
 どくんどくん、と鼓動が高鳴る。喉がひどく渇いていて、呼吸しづらい。
「…クソっ、どこ見回しても敵だらけだぜ。でも安心しろ亮介。俺達が必ず守って―――」
「いや、盛り上がってるところ悪いけど外出許可取れてるから」
怪訝そうな声をあげる亮介。
「…雰囲気をぶち壊すな。俺達は重大機密を知ってしまったお前をCIAの策略から守るための任務中なんだぞ」
「そんな設定だったんだ」
私の問掛けをまたも無視し、駆けて行く和也。
「要はシチュエーションの問題だ!行くぞ!」
興奮した馬鹿を筆頭に、無駄に駆ける私達。
 走らないで下さい、と小学生みたいな注意をされて病院を飛び出した。

 陽が照りつける夏の午後、木陰の下に停めたものの自転車のサドルはすっかりと熱を帯びていた。
 緑色の葉が何枚か籠に落ちていた。その鮮やかな色彩は、ここは室内じゃなくて外なんだぞ、と主張しているように思えた。
「二、三日ぱったりと来なくなったと思ったら急に来て外出だなんて、二人とも勝手だよ」
 文句を言いながらもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる亮介。陽に照らされ、その栗色の頭は普段よりも余計に茶色く見えた。
「まぁ、たまには外の空気吸うのもいいじゃん」
「というわけで、さっさと乗れ。亮介」
ばんばん、とサドルを叩く。
「大体、自転車パンクしてたんじゃ…ってこれ僕のじゃん!」
「お前の家から拝借してきたんだ。久々のダッチワイフ号と再会できてさぞ嬉しかろう」
「そんな名前つけてないよっ!」
 わーわーと騒ぎながら後ろの荷台に乗る。
「じゃあ出発だ!お客さん、しっかりつかまってろよ!」
 和也はペダルを思いっきり漕いだ。いくら華奢な亮介でも男の子なんだから重いはずだ。なのに、まるで何の問題もないようにすいすいと進んで行った。
私は二人を乗せた自転車の後ろを、ゆっくりと追いかけて行った。


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