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蝉の鳴くこの街で
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蝉の鳴くこの街で-1

 じいいいいい、と蝉の鳴く声が聞こえる。
ただでさえ暑い炎天下の中、耳障りなそれは追打をかけるように必死に鳴いていた。
「…暑い」
呟いたのは何度目だろうか。髪の毛が頬の辺りにひっついてうざったい。
 今年の夏は特に暑い。日照りが続き、ニュースでは水不足が深刻な状況だと取り上げられていた。
伴い、我が家も深刻な状況にある。部屋にはクーラーがなく、頼みの綱の扇風機も先週に天寿を全うしたため最近は寝苦しい夜が続いていた。
 気休め程度に設置されているバス停の屋根を見上げた。
 都会と呼べるほど栄えてはいない。けれど、田舎と呼ぶほど廃れていない。もちろん、有名な特産品もなければ特別に人を惹きつける観光地でもない。
 私が生まれ育った街は、そんな街。
「…遅い」
 時計の文字盤を確認する。考えてみれば、私達が待ち合わせをするのはとても珍しいことのような気がした。
それも当然で、待ち合わせなんてものは離れている人がする行為だ。常に一緒にいる私達は、そんなもの必要としない。
「よっ」
 ゆらり、と音もなく近付いてきた影。
私はその影を思いきり睨みつける。
「…ちょっと。このクソ暑い中をこんなに待たせるとかどういう神経してんの?」
「あぁ、すまん。でも、ここのバスは三十分に一本しか出てないんだ。この炎天下のなか、何十分も待ちたくなくてな」
 和也は涼しげな表情で答えた。その態度が余計に私を苛立たせていることに、本人は気付いていないのだろうか。
「ならバスが来る五分前を待ち合わせの時間にしなさいよ」
「だから、謝ってる。まぁ、遅刻なんてよくあることだろ?」
 お詫びだ、と缶のコーラを手渡される。スチール缶から伝わる冷たさが心地良い。
「気が利いてると思わないか?」
「…当然の行為でしょ」
というより、こんなもの買う時間があるならもっと早く来るべきだと思う。
 プルタブを開く───と、プシュウゥゥ!という音とともに勢いよく噴射する黒い液体。
「わっ!」
「すまんな。まぁ、よくあることだろ?」
「ないわよっ!」
缶を思いきり地面に叩き付けた。
「可南子、何をイライラしてるんだ?あぁ、わかった。アレか。アレの日なんだな?」
「………」
 あまりの暑さと会話の下らなさに怒ることすら煩わしい。溢れたコーラが地面に水溜まりを作ってくのを、ぼんやりと見つめていた。
 うんざりした気分でため息をついたところに、ちょうどバスが着く。
「ほら、お姫様。参りましょう」
差し出された手をパチンと払い除け、私は立ち上がった。

 迎々しくそびえたつその建造物にはいつ来ても威圧感を感じる。何もないこの街でも、なぜか病院だけは無駄に大きかった。昔からある総合病院だが、つい最近改築をし更に規模を拡大したらしい。
 自動ドアが開き、ひんやりとした風が肌を撫でる。
 クーラーって、すごい。
来る度に私は感心してしまう。病院特有の薬品臭さはどうも好きになれないが、クーラーのある快適さは大変魅力的だった。
 ロビーを通り抜け、階段を登る。目指すは3階の角部屋。
 そこに、彼はいる。
軽くドアをノックすると、どうぞ、と中性的な声が返ってきた。


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