飃の啼く…第11章-5
「貴方が名高い飃様?」
その小さな、可愛らしい狸は、幼い声で飃に話しかける。飃が思いのほか優しい顔でうなずき返したのを見て、私の胸は小さくうずいた。
「それで?何かあったの?朔。」
氷雨の言葉に、朔はハッとわれに帰って、あわてて報告した。
「あ!そうだった!い、急いでください!今、村に…!」
そこは、今まで私たちがいた村のさらに北に位置する小さな集落で、かなり昔に人間に忘れ去られた場所だった。
そこでは、澱みの中でもとくに弱いヘドロ状のものがそこらじゅうにいた。最近になってこの世に生じたため、妖怪としては若年者が多いこの村の付喪たちは彼らと戦う力も、術も無く、おびえてなるべく高いところに非難するのが精一杯だった。まるで木の実のように、高い木の枝にしがみついている。
私と飃は、それを見るなり―ほぼ一瞬で―澱みたちを一掃した。
それを見ていた付喪達は、恐る恐る木の下に降りてきた。
彼らは、氷雨の姿を見つけると安心して、こちらに駆け寄ってきた。
「お嬢!」
「その呼び方はやめてって…」
言いかけて、こちらをちらりと見てから口をつぐんで言った。
「みんな、ここにいるのは伝説の呪法でうまれた長柄使いと盾持つ狗族だ。」
そうして、彼らに畏敬の念で見つめられて初めて、私は何をしなくてはいけないのか全く聞かされていなかったことに気づいた。てっきり澱み討伐かと思っていたが、あんな雑魚を相手にするためでは、絶対無い。
続いて油良が口を開く。
「この者たちならば、この村を安寧に治めてくれるに違いあるまい。」
村中に戦慄が走った。もちろん、私と飃も含めてだ。
氷雨が、にっこりと油良を見る。油良が私を見る。私が飃を見る。彼は氷雨をにらみつけていた。
「・・・え?」
「この村を治めるなんて、聞いていない。」
村の中にある、まだかろうじて倒壊していない家屋の一つに陣取って、私たちは始めて「話し合い」を持った。
「そうだろうね、だって、言って無いもん。」
氷雨が言い切る。私はあきれてものもいえない状態だ。油良もむっつりと黙り込んでいる。
「何故…我々が…この村を…治めねば…ならないのだ?」
飃が歯を食いしばって聞く。帰ろうにも、油良の鏡で北海道に来たのだ、帰るときの予定については…言わずもがな。