飃の啼く…第11章-19
「朔…」
「油良様が言ったんだ。憎しみを力の拠り所にしちゃ駄目だって…。」
彼女は振り向いた。その笑顔を、眩しく見せたのは、朝日のせいだけだったろうか。
「振り返ってばかりじゃ駄目なんだ…。あんたを見てて、わかったよ。あんたを見てると、前をむかなきゃって思える。」
そして、彼女の動かぬ両親に向き直った。
「もう溶けていいよ…氷は…朝の光に暖められて…天に還るものだから…」
すると、まるで宝石の様に溶ける気配の無かった像が、眩しい光を受けて輝いた。表面が…溶け始めている。
「待っていてくれたんだね…貴方が笑える様になるのを。」
震えを押さえようとして、もっと震えている朔をやさしく抱いて引き寄せた。そんな私たちの背中を、もの言わぬ太陽が暖めていた。
11日ぶりに家に帰ってから、私はこってり飃に絞られた。絞られたという言葉では足りないかもしれない。とにかく、機嫌は最悪だった。
「自分を犠牲にしすぎる!」
それが飃の意見だ。
でも…
でもそれって、悪いことなんだろうか。
鏡の力で私の家まで送ってくれた油良が私に言ったことがある。
「彼女の母親と儂は、昔からの知り合いであった…あの子達の行く末を頼まれていたでな…何とかしてやりたかった。」
すると、油良は不思議な鏡になにやら術をかけた。ご覧、といわれて覗き込むと、付喪神たちと、楽しげに語らう氷雨の姿があった。とてもすがすがしい顔。そして、白い彼女の肌によく映える、赤いマフラー。
「・・・さくら殿、答えは見つかったかの?。」
答え。神族や、妖怪と人間の違い。私は首を振った。
「慈愛、じゃよ。情けというても良いじゃろう…。それが、物に魂すら宿らせ、神を生み…そして、仲間の命を助けさせる…自らの命に代えてもな。それはのう、娘さん。人間にしか出来ないことなのじゃよ…。」
東京の雪はすっかり解けてしまったけど、この街は確実に、冬に向かって歩き出している。
「このことは、私のこの鏡で今までのあなた方の活躍と共にこの国を駆け巡る。そして、多くの仲間に勇気を与えるじゃろう。あなた方はつまり…そう言うことをやり遂げたのじゃよ。」