Mermaid 〜紫の姫〜-5
「…ドルチェだ。」
「どる、ちぇ・・・?」
彼女はごく自然に名乗ったのだが、青年は目を丸くして、
「・・・中国の方だったんですか?」
「・・・・?」
「いや、でもそれにしちゃ日本語上手だし・・・」
「・・・に、ほん・・・?」
ぶつぶつと呟く彼を、ドルチェは不思議そうに見つめる。
「ええ。ドルチェ、さんも日本人でしょう?」
「・・・え?あ、ああ・・・。」
そのどこか虚ろな目に青年は若干眉をひそめたが、すぐににこりと笑って、
「分かりました。今日は僕の家に来て下さい。」
と言った。
「え、いや、でも・・・。」
「大丈夫ですよ。危ないことはしないし、それに随分遠くから来たんでしょう?」
ドルチェは黙って、こくりと頷く。
じゃあ、一緒に行きましょう。そう言った彼の顔が、込み上げる何かで滲んで、ぼやけた。
闇に包まれてゆく砂浜に、二つのあしあと。
一定の距離をもって離れてはいるが、それらが進む向きは同じ。
「・・・一つ、聞いても良いか。」
ドルチェが、先を行く青年に声をかける。何でもどうぞ、と呑気な返事が返ってきた。
「お前の名は、何ていうんだ。」
あれ、と青年が立ち止まる。そういえば言ってなかったっけ、と苦笑して、ドルチェを振り返った。
「保田天馬っていいます。」
「テン、マ…?」
「はい。天を駆ける馬で、天馬。名前だけ格好いいでしょ。」
良い名だな、と小さく呟いたドルチェを彼は見下ろし、
「ドルチェも、とても綺麗な名前ですよ。」
と、微笑んだ。
同じ方向を向いた二つのあしあとは、並んで砂浜を横切っていく。
もう少ししたらペガスス座が見られるかもしれませんね、と空を見上げる天馬の横顔を、隣を歩きながらこっそり見つめた。
――人間の男が皆こんな奴、とは限らないだろうな・・・。
規則正しい波音が、心地良く響く。
二人の歯車が回りだした瞬間を、細い細い三日月が優しく見下ろしていた。