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Mermaid
【ファンタジー 恋愛小説】

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Mermaid 〜紫の姫〜-4

「一体お前は何なんだ、いきなり・・・」
「まぁ見てて下さい。」
ドルチェを制して、青年は彼女の足跡を指差した。
ザーン・・・ザーン・・・
細かく寄せる小さな波が、その手前で躊躇うようにして引いていく。
ザブーン・・・ザブーン・・・
一際大きな波が押し寄せる。引き寄せられた砂が、足跡の深さの半分を埋めていった。
スルスルスル・・・・
もう一度大きな波が押し寄せて、引くと、もうそれは辺りの砂に飲み込まれて、跡形もなく消え去ってしまった。

「・・・運命ってね、変えられるんですよ。」
波の動きを見つめたまま、青年がぽつりと呟いた。ドルチェは思わず彼の横顔を見やる。
「運命とか、人生であった嫌なこととか、消したい過去ってあるじゃないですか。そういうのって、自分の力で案外どうにでもできると思うんです。」
「お前は・・・運命に、縛られていたのか。」
その二文字に動揺している自分を悟られないようにして、ドルチェは問うた。
青年はう〜ん、と唸って、
「運命っていうか、将来なのかな。僕はね、東京から一人でこの街にやってきたんですよ。
親にはそんな田舎で何をしようっていうんだ、東京で医者を継げ、って怒鳴られちゃいましたけどね。」
「でも、そんな両親なんかよりも、僕はこの海から遥かに色んなことを教わったんです。」
よいしょ、と彼はその場に腰を下ろした。ドルチェもそれに倣う。
「海は、見え透いた将来から逃げ出してきた僕を受け止めてくれました。それも、人間みたいに気まぐれじゃなくて、いつでも・・・」
「味方になってくれたってことか?」
反応を返すようになった彼女に、青年は微笑みながら、
「そうですね・・・むしろ、味方でも敵でもないから、かもしれません。」
と言った。
「だから、ちょっと無責任なことも言えるんですよ。過去なんか気にしなくていいんだよ、って。自分を変えたいっていう強い気持ちと、きっかけになる大きな出来事があれば、今まで歩んできた人生や運命に左右されない、次の一歩を踏み出せるんだよ、って。海は、そう教えてくれたんです。」
ほらね、と青年は目で波打ち際を示した。
一面に平らかな砂浜が、夜風に吹かれていた。
「・・・なるほどな。・・・・だけど、」
両膝を抱えて、ドルチェが呟いた。
「何故こんなこと、いきなり…私に話したんだ」
青年はえ、と軽く首を傾げると、
「さっき、あなたが言ってたじゃないですか。」
「?・・・私が?」
ええ、と頷いた。彼の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「なんとなく、運命に縛られてそうだったから。」
ドルチェの長い黒髪が、風になびいた。


「寒くなってきましたね。そろそろ帰りましょうか。」
青年はうーん、と伸びをして立ち上がると、お家まで送っていきますよ、と微笑んだ。
「い、いや、私は平気だ。」
――私には、帰れるところなど無いのだから。
「だって、こんなに暗いんですよ?それにあなた・・・」
そこまで言いかけて、ふいに彼は何かを考え込むような表情を浮かべた。
「・・・どうし、たんだ?」
思わずどきり、とする。
「いえ、あなたのお名前、聞いてなかったなぁって思って。」
ドルチェはほっと息をついた。
何故か、自分が人魚であることが目の前の男に伝わってしまうような気がしたのだ。
――何でだろう。こいつが人魚のことを知るなんて、絶対に無いはずなのに。


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