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Mermaid
【ファンタジー 恋愛小説】

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Mermaid 〜紫の姫〜-3

「確信のないことをするのは嫌いだ。」
凛とした声が、大広間を渡る。
「それに、お前は良い魔女だ。今まで誰よりも苦しんできたのは、お前だ。」
彼女の右手が、盆の上の小瓶にふれた。
ピンク色の液体が、中で揺れる。
「私は、人間界に行く。」
ドルチェは液体を一気に飲み干した。甘い香りが口に広がり・・・脳内を溶かし・・・体を包み・・・。


「・・・・不思議なものじゃ…。」
彼女がいた空間を見やり、カルムは呟いた。
「何でこうも、アランに似ておったのか・・・。」
そこにはもう、紫の人魚の姿はなかった。
ただ小さな泡粒が、ふわふわと浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。

ザーーン・・・ザーーン・・・
深みを増した、紺碧の波が寄せては返す。
人気のない砂浜の岩陰に、一人の少女が凭れるようにして座り込んでいた。
透き通るような白い肌に、すっと通った鼻筋。桜色の唇。
ゆっくりと開かれた双眸は、彼女の波打った長い髪と同じ、闇を切り取ったような黒だった。

「・・・・・私は・・・。」
少女は呟いて、紫色のワンピースからのぞく、ほっそりした二本の『足』に目をやる。
「人間に、なれたのだな。」
自嘲気味に微笑むと、岩に手をついて立ち上がった。
慣れない動作に、すぐにふらついて倒れてしまうだろう、と自分でも思っていた彼女は、しかし驚くほど軽い足運びで、波打ち際に歩み寄った。
寄せては返す波が、静かに彼女のつま先をぬらしてゆく。

「こんばんは。」

ふいに後ろからかけられた声に、びくっとしてドルチェは振り向いた。
そこには背の高い青年が立っていた。
彼女が見る、初めての男だった。
「お散歩ですか」
そう微笑んで、青年はドルチェに歩み寄った。
切れそうなほど細い細い三日月が、彼の顔を照らし出す。
年の頃は十八・十九くらいだろうか。少し長めの黒髪と、細い銀縁の眼鏡が、誠実そうな印象を与えている。
「海が好きなんですか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「僕も毎晩散歩に出るんです。近くにお住みなんですか?」
「・・・放っておいてくれないか」
耐えられなくなって、ドルチェは男を突き放した。
立ち去るかと思いきや、はい、と再び微笑むと、青年は佇むドルチェの隣に腰を下ろした。
静かな時間が二人の間に流れる。
波の音が、やけに大きく胸に響いた。


暫く黙って海を見つめていた彼はいきなり立ち上がると、実に不思議なことを口にした。
「ちょっと、波打ち際に沿って歩いてみてくれませんか。」
「・・・・・はあ?」
何を言い出すのかと思ったら・・・一体、私に何の用があるっていうんだ。小首を傾げながらも、ドルチェは体を反転させ、波の描いた曲線に沿って歩き出した。
「あー、そうじゃなくて!」
――もうちょっと波から離れて歩いて下さい。ほんの少しだけ。
青年の要求にため息をつきつつ、彼の言葉に従った。
・・・人間の男というものは、皆こんな奴なのか…?
一足踏み出すごとに、ぬれた砂が足にこびりつく。
十歩ほど歩いたところで、もういいですよ、と青年から声がかかった。砂を撒き散らしながら、彼の元に駆け寄る。


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