飃の啼く…第9章-9
「さくら…」
さくらを探さなくては…。飃は思った。やつらの言う事が、どこまで真実かは解らない。ここにはさくらの匂いがしない。だが、もし本当に捕らえられているんだとしたら…?まだ死んではいないはずだ。やつらにとって、自分たちには利用価値がある。
飃は、本当のことを知っているもののそばに行きたかった。出来れば「生きている」存在の。そしたら、さくらのことを聞く。嘘をついても、飃にはわかるのだ。狗の耳が心臓の音を聞き、狗の鼻が汗の匂いをかぐ。そうすれば、嘘ならすぐに見破れる。
それまでは…
好きなだけいたぶればいい。己は決して屈しない。
重い鉄の扉が開いて、真っ暗な部屋に光が差す。暗闇に慣れきった飃の目が、一瞬焼け付く。
「来い。」
フードをかぶった男が言う。
飃は、弱って歩けない風を装って、男にもたれかかった。
「さくらは……女はどこだ…」
男のにおいを注意深く嗅ぐ。
「とっくに捕まえたさぁ……今頃別の拷問部屋で悲鳴を上げてる。もうあの女の柔肌は拝めないと思え。」
…運が無いときはとことん運が無い。
こいつは澱みだ。ということは、こいつの言う事が真実かもしれないということだ。容易に反撃出来ない。湧き上がる怒りもいらだちも、今は思考を鈍らせるだけ…飃は冷静さを保とうと深く息を吸った。
飃は、先ほどまで鞭を当てられていた部屋とは別の部屋に通された。四方から伸びている鎖に足と腕を捕らえられ、四つんばいの姿勢にさせられる。
ここは…不自然なほど清潔だ。壁紙や、家具。絨毯までしいてある。少なくともここの悪臭は他より弱かった。いや、弱いのではない。他の匂いが…他の香りが…
「この…香り…」
部屋の中央には、男がいた。いや…あいつは……
「貴様……!!!」
「久しぶりだな、坊や。」
その男は、右目に眼帯を巻いていた。白いスーツに身を包み、部屋の中央の机にもたれている。黒い髪を後ろに撫で付けて、香料の入った薬品で撫で付けている。上等の服。そしてなにより、美しい顔。男は眼帯を解き、その下に走る一筋の傷跡を露にした。
「飃。数年前にこの素敵な傷をつけてくれたのは君だった…。不死の力を持つ私に、傷をつけたのは君が初めてだからよく覚えているよ…」
飃は、自分の腕をつなぎ合わせる鎖を切ろうともがいた。血がにじみ出るのもかまわず。うなり声を上げながら。
そして目は、目の前の男の顔を捉えている。
「いい顔だ。」
男がさらりと言い放つ。
「貴様が、何故こんなところに居る…!」
「貴様貴様と言わないでほしいものだ。私はあのお方から名を賜った……獄(ひとや)だ。」
そいつは自分の名前を、出来のいい酒を味わうかのような満足感を込めて発した。吐き気がする。