飃の啼く…第9章-7
…いや、いや、そうとは限らない。私は思った。私が出して見せる。飃を取り返してみせる。気を取り直して、尋問する。
「澱みを裏切った動機の説明は、まだ終わって無いわよ。」
「…姉は磨り減っていった。文字通り。」
狐が、遠くを見る表情になった。ネオンのけばけばしい光の織り成す夜の幻想世界の、さらに遠くを。
「自分で噛み切った腕に、刀をくくりつけて戦場に赴く姉を見たとき…次は自分だと思った。」
そして、ふん、と笑った。
「あんなふうに死ぬのはごめんだ。塵(ごみ)のように、這い蹲って滅びるなど…狗族の死に方じゃあない。解るだろう?」
一瞬…その表情の中に、飃と共通するものを見出したような気がした。誇り高き、狗族としての血。服従も妥協も許さぬ、かつての神たる威厳が。
「信用できねえな…」
同じく姉を失った夕雷が、うなるように呟いた。それ以降言葉を発するものはなかったので、夕雷がみんなの気持ちを代弁したというような形になった。
夜はさらに深まっていった。車のウィンドウに、思いのほか不安げな自分の顔が映って、私を見返していた。今はどのあたりだろうか?見たところ、あたりはにぎやかな繁華街。仕事終わりのサラリーマンや、夜遊びに繰り出した若者たちでごった返している。小さなビルがちまちまと立ち並ぶこんなところに、監獄のような大きな建物があるのだろうか?
「ここだ。」
狐が言った。颪さんの車は、風俗店が立ち並ぶ通りの路地裏に止まった。
「ここ…?」
あたりには、監獄どころか、何坪かの敷地にぎゅうぎゅうづめで立ち並ぶ小さな店しかない。ここは裏路地だから、表通りに比べて人通りはほとんど無いく、うらびれている。
狐は、あるマンホールの上に立っていた。
「ここって…ここ?」
「人間の目に付きやすい場所に、巨大な監獄を作ると思うか?地下に決まっているだろう。」
そう言って、私に近づいてきた。
「まず僕がお前たちを捕らえたことにして、侵入する。飃とやらはおそらく拷問されているか、牢屋に入っているかだ。どちらにせよ、近づくにはこれ以上の手は無い。」
「お前が裏切らないという保障がどこにあるんでぇ?」
夕雷が言う。
「そうだな…」
まばゆい光が狐の身体から迸り、彼をつないでいた鎖がちぎれて、音を立ててアスファルトに落ちた。
「…お前らを殺すのなど造作も無いのに、今まで大人しくしていた…ということではどうだ?」
マンホールの中は、胸が悪くなる悪臭に満ちていた。潜入は私と狐。あとの3人は、私たちの後から来るものがないように地上で待ち伏せるということになった。夕雷とカジマヤは強く反対したけど、私はそれを押し切った。人数が多すぎては不自然だし、何より、この狐はなんとなく信用できるような気がする。
下水道の中では、ネズミたちがたむろしていた。深夜の来客を臆する風もなく見つめている。