飃の啼く…第9章-5
澱みの食いしばった歯とは裏腹に、真っ白な目は笑いたそうに細く歪んでいた。そのまま夕雷とにらみ合う澱み…逸らした目で私に一瞥をくれると、
「くくっ、おい鎌ねずみ。次に会うときはそんな大口ぁぜってえたたけねェ…賭けてやんぜ。」
奴は、飛んでくる鎌の攻撃を避けて、煙を撒き散らしながら姿をくらませた。
目標を失った鎌は、私の頭上の鏡に突き刺さり、破片の雨を降らした。
「お、わりいわりい。」
鎌鼬は悪びれずに笑った。とほほ…賃貸なのに…。
「あーっ!夕雷!この馬鹿!」
どこから入ってきたのか、カジマヤが部屋の中に居る。鏡の破片や、部屋中に飛び散った血痕を指差す。
「こんなに汚したら、さくらが苦労するだろぉっ!」
「おれは狭いところでやりあうには慣れてねえんだ!後から来て口を出すんじゃねえ!」
夕雷が噛み付く。
「なにを〜!俺だってなぁ…!」
両者にらみ合いが続く中、私は九重のところまで這って行って、手かせを切った。
「ちょっと、ちょっと!」
私が二人を黙らせる。二人同時にこちらを見る。
「ねぇ、飃が奴らにさらわれたの、助けに行かなきゃ…!」
カジマヤが言った。
「うん、俺もその件で、颪に言われて奴らを追ったんだ。とりあえず、北に向かっていることは解った。」
「やっぱりあそこかよ。」
夕雷が言う。
「あそこって、どこ?」
私にはさっぱり解らない。
「牢獄さ…俺たち狗族や、妖怪達やなんかがもっとも忌み嫌う場所なんだ。」
そう言って、詳しい説明は省かれた。一秒でさえ惜しい私たちは、片付けのことなど考えもせず部屋を後にする。念のため、救急箱の中身をリュックに入れて。
マンションの玄関口に、黒い車が止まっていた。車のことには詳しくないけど、いわゆるセダンではなかった。車体からガラスにいたるまでみんな真っ黒だ。一瞬身構える私を安心させるように、カジマヤが言った。
「大丈夫。颪さんだから。」
その通りだった。後ろのドアを開けて乗り込むと、前の運転席には颪さん。そして、助手席には…
「あ…あんた…」
「……」
がんじがらみに縛られて、身動き取れなくなっている狗族が居た。対魔術のお札やチャームがこれでもかというほどぶら下がっている。そして、その狗族は、なんともあの…女狐に似ていた。髪形の違いと眼鏡に気づかなければ、あの狐がまた蘇ったのかと思うほど。