飃の啼く…第9章-3
「お゛がえ゛り゛〜」
返事が無い。
「…?」
玄関のほうを見る。ここからでは見えないから、仕方なく立ち上がる。足元がおぼつかなくて、よろけてしまった。
「飃・・・?」
玄関をのぞく。誰も居ない。だけど、風呂場へ続くドアが…開いてる。
――飃じゃない。
携帯にぶら下がった九重を手に取り、通常時の半分の大きさにとどめたまま、風呂場に向かった。
ゆっくりと、静かに。自分の心臓の音が、相手に聞こえてしまいそう…あと5歩で風呂場…あと3歩…2歩……
「誰だ!!」
…誰も居ない。
「!!?」
後ろから羽交い絞めにされた。恐怖で、怒りで、狂ったようになりながら必死にもがいた。どうしてこんなに力が出無いの…!?
「あんたの旦那はここには来ないぜェ。先に捕らえさしてもらったからなァ。」
私の口をふさぐ手を必死にどけて、
「嘘…!」
「奴さん、大人しくしてねえとあんたの命は無いって言ったら、素直について来てくれたぜェ…奴が抵抗すれば、オレがここであんたの命を奪う、ってなァ・・・。」
―しまった…それなら、屈してしまうかもしれない…心の中で、手の中の九重に呼びかけてみる。北斗はどうしてる?
―だめだよ、さくら、北斗はやつらにうばわれた…
飃が北斗に触れていないと、北斗は飃とコンタクトが取れないのだ…万事休す。そのとき、腕を強くねじられて九重をも取り落としてしまった。
「あんたは、何者なの…『澱み』?」
「くくっ…そうさ…擾(みだす)てんだ。」
私に、飃のような牙があったら、今こそその牙でこいつの腕を噛み切って…
「あんたを連れてきてくれって言われたんだが…無傷でとは言われてねえ。人間の女と『まぐわう』って言うのはよォ、どんな感じなのかなァ…オレ、すっげえ興味あるんだよなァ…。」
「…!」
そういいながら、そいつは乱暴に私の両手をロープで縛った。向きが変わって、浴室前の洗面台にそいつの顔が映った。瞳は無い。白目だけが不気味に眼窩に収まっていた。その目を縁取る隈取のような刺青から、牙のような模様が上下に伸びている。