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電話のない探偵事務所
【その他 推理小説】

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電話のない探偵事務所(前)-3

 今日はいつにも増して、キーボードを叩き方が激しい。なにか嫌なことでも、あったのかもしれない。
 普段から一日中パソコンに向かっていて、ほとんど席を立たない。IT関係の仕事をしているらしいが、社員は彼ひとりのようだった。コンピューターを相手にぶつぶつ言っているか、時々かかってくる電話以外にしゃべっているところを見たことがない。何をしているのか、一度のぞいたことがあるが、画面上に写るグラフや図面をみても、さっぱりわからなかった。
「出掛けるのかね」
 反対側の右手から、声を掛けられた。
 しわがれ声の持ち主は、先ほどの商談をのぞいていた占い師だ。頭には一本の毛もなく、漫画に出てくる中国人のような鼻ひげをこしらえている。
「悪いことは言わん。今日は外に出るのはやめたほうがいい」
 エセ中国人はそう重々しく言うと、大きく目を見開いた。
 私にその予言めいた忠告に従う気はなかった。その禿頭のことは全く信用していない。
「どうした。女難の相でも、出ているかね」
 私は目を細めて、男を見返した。相手は自分の頭をぴしゃりと手で打つと、私に顔を近づけた。
「そんなことではない。もっと、切迫した、刹那的な理由だ」
「ほう」
 私はこの男の正体を知っている。占いをうたいながら、手相見から霊媒師のマネゴトまでやる。一番ふさわしい呼び名はイカサマ師だ。
 だが、不思議と客にそれとは悟らせない。飄々としながらも、彼の演技はなかなか堂に入っていた。
「是非、聞かせてもらいたいな」
 私は禿親父の妙な迫力に乗ってみることにした。的中せずとも、もっともらしいことを聞ければ、不名誉な呼び方を改めてもいい。
「ふむ」
 占い師は勿体ぶった調子で、咳払いした。謝礼は前払いらしい。
 私は苦笑しながら懐から開封した煙草の箱を取り出すと、抜きやすいようにしてやった。禿頭は拝むように手を合わせ、さっと箱ごと、奪い取った。


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