School days 4.6-2
長かった。放課後までが永遠に感じられた。
学級長の会合に出ていた俺は、それが終わると一目散に会議室を飛び出す。丁度六時だ。
逢いたくて
話したくて
触れたくて―…
鼓動が早い。走っているせいでは無いと思う。
既に日は落ち、漆黒の闇となった廊下に俺の足音だけが響く。幾度も幾度もこだまする―…
二年の棟についた。暗闇にやんわりと落ちる教室の光が一つ。
俺は全速力で教室へと駆け込む―――ことが出来なかった。入口の傍で立ち尽くす。
梨衣はいた。
だけど。
梨衣だけじゃなかった。
数人のクラスメートが一緒にいて
楽しそうに笑っていたんだ
梨衣が…笑って…
お前は誰だ?
俺の梨衣はどこだ?
俺が居るべき場所は…
どこだ…?
俺は隣の教室に入り、窓際の席に座った。窓の外では、月光が大地に降り注いでいる。
俺はまた、独りになっちまったのか…
思考回路が停止してしまった頭を机に乗っけて、俺は瞳を閉じた。隣の教室から響く、楽しそうな笑い声を聞きながら…
ふと目が覚める。静かだ。窓を見ると、月は既に高く昇っている。随分寝ていたらしい。
立ち上がると廊下へ向かう。先程まで廊下に零れていた光が無い。俺のクラスに誰も居ない証拠だ。
…ほらな。がらんとした教室、そこに潜む闇。泣きたくなってくる。あいつらと一緒に帰っちまったのか…梨衣…
俺は独りで教室を後にした。誰も、どこにもいない。月明かりだけが、青白く俺を染める。
梨衣は俺をどう思っているんだろう?
やっぱりSEXフレンドか?
そうなのか?
俺は、
俺は―…
「遅い」
少々機嫌を損ねた声がした。思わず視線を上げる。
「6時って言ったじゃん、もう7時過ぎてるよ」
長い髪を束ねた少女が玄関の柱に寄り掛かって立っていた。ポカンとする俺。
「何よ、謝る気無しなの?」
「ご、ごめん…」
そう言われて反射的に口を出る謝罪の言葉。でも頭はそんなこと思ってもいない。ってか考えられるわけが無いだろ…
「待っても全然来ないし、鞄持ってってるから学校に居るか居ないかすら分かんないし…」
ぶつぶつ文句をいい始める梨衣。
俺はその声を遠くに聞きながら彼女の横顔を見つめていた。
「ねぇ、聞いてるの?」
我に返ると、むっとした顔の梨衣が俺を見ていた。
突然狂おしい程の想いに駆られ、俺はギュッと彼女を抱きしめる。うわ、と声をあげたが、梨衣は大人しくなった。
「ごめん…」
耳元で囁く。梨衣は俺の胸に顔を埋め、
「知らない…」
と拗ねたままだ。
「…梨衣のワガママ」
「なっ…」
ムカッとしたのだろう、梨衣はバッと俺を見上げる。それを見計らって俺は梨衣に軽く口づける。
「許せって、な?」
「…ぅっ…、卑怯…」
梨衣は困ったような、それでいて怒ったような顔で俺を見上げた。
こんなに傍にいるのに…
俺達の関係はSEXフレンド
そうなのか?梨衣
俺は、
俺は―…
「今日は月が綺麗だね」
帰り道を歩きながら梨衣が言った。雲一つない夜空に満月と星々。宝石のように輝いている。
「明日は放射冷却現象だなぁ、きっと」
やれやれとマフラーに顔を埋める梨衣。
「寒くないか」
「うん、へーき」
俺の言葉に、梨衣は上目遣いで答えた。俺の身長は184、梨衣は166。そうなるのは自然なことだ。
でも…そうされると苦しさで胸がいっぱいになってしまう。
一体何故か、その気持ちが何処から来るのかなんて分からなくて
ただ俺は…
ただ触れたくなる
ただ抱き締めたくなる
ただ、俺を
俺だけを見ていて欲しくなるんだ――…
「梨衣…したい」
俺がそう言うと梨衣が少し顔をしかめた。
「名継が早く来ないから学校で出来なかったんでしょー?道端で言われたって…」
確かに…。てことは今日はオアズケか。しょぼんとする俺に梨衣が続けた。
「…うち、来る?」
「え?」
「父さんは単身赴任だし、母さんは夜勤だし、妹は友達んち泊まるとかって」
てことは梨衣一人?
「来る?」
少し首を傾けて、再び俺に聞く。
「いいのか?」
ふ、と梨衣が微笑んだ。
「うん」
ドクン…
心臓が大きな音を立てる。今すぐ抱き締めてめちゃくちゃにしたい、そんな思いが膨れ上がってきて俺は必死にそれに耐えた。